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「茂木健一郎の人生問答」を読む

 投稿者:曾野綾子さんの友達  投稿日:2017年 4月29日(土)10時45分24秒
返信・引用 編集済
  質問
批判についてどのように考えるか?
(略)
私が気になったのは、悪意むき出しの批判が次から次へと出てきたことです。茂木先生はどのように思いますか。

茂木
答え
(略)
民主主義国では、批判は過酷なものだし、また、過酷なものであっていいのだと思います。
野党は、いわば批判するのが仕事だとも言えます。与党と野党が、お互いにアイデアを出し合い、切磋琢磨し合ってこそ、民主主義における政治は良質のものとなります。厳しい批判が出るということは、それだけ日本の民主主義が機能しているという証拠なのではないでしょうか。全体主義の国では、そのような批判自体が許されません。
厳しい批判をすることは、その人格を否定することではありません。
慣れ合っていては、そもそも、有権者に選択肢を提供することができません。
批判する一方で、相手の努力を人間として認め、また、示された民意に対して素直にそれを受け入れる。このような文化さえあれば、批判は大いに結構なのではないでしょうか。
以上で述べたことは、人間の脳の働きで言えば、「切り替え」をうまくやるということでもあります。
日本の文化は、イギリスやアメリカのように、苛烈な批判をむしろやりません。
批判とは、お互いに考えのボールを打ち合う、フェアプレイのスポーツのようなものだということです。
試合中は容赦しないけれども、試合が終わったら、握手をしてお互いの健闘を讃える。そのような精神が日本にもっと根付いたらいいのになと思います。(July 2015 月刊 第三文明)
→(私の感想)
さすが茂木先生!素晴らしいお答えです。
池田大作には到底理解できないでしょう!
私の個人的体験で恐縮しますが、やはり私的には、アメリカSGI(私が居た時は、NSAと呼んで居た)での体験が強烈でした。少なくとも当時、「批判拒絶体質」が極まってました。
「リーダーをサポートせよ」これが、極まってました。
確かに、いかなる組織においても、いかにリーダーを育てるかが組織の発展のカギです。
いかなる人でも、所属する組織のリーダーの批判ばかりしていれば、その組織に居続けることは不可能でしょう。
しかし、逆に、いかなる組織においても、どんなに手厳しい批判でも、建設的批判であれば、なくてはならないもののはずです。
果たして、過去、現在において、創価学会=公明党において、そうした不可欠な批判が建設的に行われたことがあったでしょうか。
例えば、私は最初、竹入元公明党委員長がインタビューに答える形で、朝日新聞に回顧録を掲載した時、それを読んで、正直言って、嬉しい気がしました。「公明党も懐が深くなった!」と思ったからです。(バリ会員だったとき)
ところが、結果は、ご存知のとうり、狂気の竹入バッシングでした。どうか、茂木先生から、公明党首脳たちを、それとなく諭していただけないでしょうか。
 
 

池田大作 一九五九年の発言

 投稿者:藤原弘達さん、ごめんなさい  投稿日:2016年11月 5日(土)12時28分47秒
返信・引用
  (学生部主催全日本学生弁論大会での発言)
「三、四年前、立正交正会(正式には立正佼成会だが、当時は立正交正会)の庭野日敬が国会に召還されていろいろ調べられたことがある。このとき、会長先生(戸田城聖第二代会長)はニッコリ笑って『こっちへくればちょうどいいな。このときこそ立正安国を叫びたい』と、申しておられました。大事なときに叫ぶことこそ、わたくしは本当の雄弁ではないかと思うんです」
→晩年の池田が叫んでいるのは、「俺を守れ!」だ。変われば変わるものだ。池田流『人間革命』は悲惨としかいいようがない。
 

天皇陛下の「生前退位」のお話は、

 投稿者:ねこ  投稿日:2016年 7月16日(土)00時01分46秒
返信・引用
  天皇陛下の「生前退位」のお話は、

http://book.geocities.jp/conspiracycalendar/02/d/07/0713.html#2016

http://3rd.geocities.jp/jcon_tline/02/n/2/0/1/6/n2016.html#7_13

http://park.geocities.jp/jpcdebate/P05/p237B.html#page237C

残念だが、残念だが、

冗談にしか見えない。

(仮説を含む)

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p037.html )
 

オリンピックも戦争も支配者階級の「お祭り騒ぎ」。

 投稿者:ねこ  投稿日:2016年 3月 4日(金)08時14分46秒
返信・引用
  オリンピックも戦争も支配者階級の「お祭り騒ぎ」。

http://3rd.geocities.jp/jcon_tline/02/n/1/8/9/4/n1894.html#6_23

http://book.geocities.jp/japan_conspiracy/0202/p005.html#page142

第1回オリンピックと同時に「日清戦争」が勃発し、

第一次世界大戦の計画が実行された。

今でも、全ての歴史がねつ造。

いや、人類の現実の歴史は、少しも歴史として扱われない。

「日清戦争」勃発は、子供じみたいつもの日本の「逃げ口上」。

(仮説を含む・検証中)
 

平気でウソをつく池田大作2

 投稿者:藤原弘達さん、ごめんなさい  投稿日:2015年11月 5日(木)00時59分59秒
返信・引用
  「われらは政党ではない。ゆえに決して、衆議院にその駒を進めるものではない。参議院ならびに地方議会など、その本質にかんがみて、政党色があってはならない分野に、人材を送るものである。
(昭和三十六年六月一日大白蓮華)」
「創価学会は宗教団体であり、公明党は政治団体である。ともに日蓮大聖人の教えを奉じ、王仏冥合をめざす同体異名の団体である。(略)創価学会を離れて、公明党はあり得ない。もし創価学会を離れた独自の公明党があるとすれば、それは既成政党となんら変わることのない存在であり、政治のための政治に堕することは必然である。されば、創価学会と公明党は、永久に一体不二の関係で進んでいこうではないか」(昭和四十年七月十二日 青年部最高幹部会)

「三十一年の選挙では、真剣さと不慣れのためか、会員のなかで選挙違反を行なった人がおり、今度こそ違反のない選挙をと、まずこれを徹底した。しかし残念なことに補選でもまたまた違反者が出た。もちろん道義的責任は感じていたが、選挙違反の容疑が私の身辺にまで及ぶとは考えてもいないことだった。炭労事件が一応の沈着をみて私は札幌から大阪に赴き、自ら出頭。七月三日である。大阪地検に公選法違反容疑で逮捕されたのである。」(私の履歴書)
「私の履歴書」では、フィクションのはずの入信神話が事実であると述べたり、北海道から、親戚の白木義一郎氏が同行しただけでなく、取調室に入る姿を見送ったとしている。
竹入氏の学歴詐称を云々するより、池田のウソを明らかにすることの方が先決だと思うのだが。
 

原爆投下を命じた米司令官に、「勲一等旭日大綬章」。

 投稿者:ねこ  投稿日:2015年10月24日(土)10時40分54秒
返信・引用
  原爆投下を命じた米司令官に、「勲一等旭日大綬章」。

http://book.geocities.jp/conspiracycalendar/02/d/12/1204.html#1964

http://book.geocities.jp/japan_conspiracy/0202/p005.html#page147

1964年12月4日、小泉防衛庁長官(純一郎の父)は、

事もあろうに、原爆投下の責任者に日本の勲章を叙勲することを閣議で進言。

佐藤首相は了承した。

だが、この日は、アメリカでも毒々しい民族浄化事件の100周年記念日だった。

ここでも、第二次世界大戦が八百長で、原爆投下がインチキであったことを強く示唆する。

(仮説を含む)

( http://park.geocities.jp/j_con4/0104/p048.html )
 

安倍政権の言っていた憲法改正の実態

 投稿者:うさぎ  投稿日:2015年10月18日(日)07時39分9秒
返信・引用
  安倍政権の言っていた憲法改正の実態

http://book.geocities.jp/japans_conspiracy/02/p004.html#page41

日本とその憲法の信頼性は地に落ちることになる。

( http://sky.geocities.jp/datepedia/02/update.html )

( http://park.geocities.jp/j_con4/0104/p048.html )
 

【原子力平和利用】やはりインチキだったか【フリーメイソン】

 投稿者:ねこ  投稿日:2015年 8月 8日(土)05時51分7秒
返信・引用
  【原子力平和利用】やはりインチキだったか【フリーメイソン】

http://3rd.geocities.jp/jcon_tline/02/n/1/9/5/3/n1953.html#12

http://park.geocities.jp/j_con4/0204/p046.html#page303

日本は、アイゼンハワー米大統領を使って、『原子力平和利用』の扉を開けた。

未だに有頂天になっている日本は、60年後の2013年、お祭り騒ぎを演出した。

『和食』も『原発推進』も『フリーメイソン』と一致した。

原爆投下もウソで、原発・発電所もカラッポである可能性が高い。

(仮説を含む)

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p034.html )
 

公明党は「結党の原点に還ろう」と言いますが…

 投稿者:公明党国会議員の友達  投稿日:2015年 2月13日(金)12時27分53秒
返信・引用
  もう昔の話ですが……
「大聖人様の至上命令である国立戒壇建立のためには、関所ともいうべき、どうしても通らなければならないのが、創価学会の選挙なのでございます」(池田 「大白蓮華」昭和34年)
「今は主権在民だから、折伏と選挙が国家諫暁(こっかかんぎょう)です。それはせざるをえない。だから、学会が選挙をやるといって、やれ宗教団体が選挙をやるのは、まずいじゃないか、そんなことをするから、妨害があるのじゃないかということで、恐れて、王仏冥合の活動ができない場合には、大聖人の精神に反するわけです」(池田 「大白蓮華」昭和39年)
「国立戒壇建立を、もしかできなければ、日本の国は永久に属国とし、永久に日本民族は滅びる運命の段階にあります。ただひとつ、三大秘法の御本尊様を信じ、国立戒壇を建立するならば、仏天の加護によって日本の国には原子爆弾は落ちなく、日本民族は必ず繁栄するというのが、会長先生の御遺訓なのであります」(池田会長講演集 第三巻291頁)
→まだ三十代の青年会長の話。
ばかばかしさはあるが、親しみがもてる。友達になれそうだ(苦笑)
 

(無題)

 投稿者:丸山真男井上ひさし  投稿日:2014年 9月29日(月)08時41分33秒
返信・引用 編集済
  きらめく星座 by井上ひさし

あらすじ
 昭和15年の浅草。小さな小さなレコード店に、4人の家族と、2人の間借人が仲良く暮らしていた。
しかしこの平和なオデオン堂に大事件が起こる。
陸軍に入隊していた長男の正一が、脱走したというのだ。「敵前逃亡」は重罰。
すぐさま追手がかかって、憲兵伍長「蝮の権藤」がオデオン堂に乗り込んできた。
  さらにもう1人、堅物の愛国主義者が家族に加わる。長女みさをが
「ハガキの束から選んだんだ」夫、源次郎。
この家の住人たちのジャズがかった音楽好きが、傷痍軍人の源次郎にはどうしても許しがたい。こうしてオデオン堂には、ときならぬ大嵐がふきあれることとなる。

(竹田)
おそらく「人間」を宣伝する文案は、かう書くしかないんぢゃないでせうか。……「この宇宙には四千億もの太陽が、星があると申します。それぞれの星が平均十個の惑星を引き連れているとすると惑星の数は約四兆。その四兆の惑星のなかに、この地球のやうに、ほどよい気温と豊かな水に恵まれた惑星はいくつあるでせ。たぶんいくつもないでせう。だからこの宇宙に地球のやうな水惑星があること自体が奇跡なのです。水惑星だからといってかならず生命が発生するとはかぎりません。ところが地球にあるとき小さな生命(いのち)が誕生しました。これも奇跡です。その小さな生命が数かぎりない試練を経て人間にまで至ったのも奇跡の連続です。そしてその人間のなかにあなたがいるといふのも奇蹟です。かうして何億何丁もの奇蹟が積み重なった結果、あなたもわたしもいま、かうしているのです。わたしたちがいる、いま生きているといふだけでももうそれは奇蹟の中の奇蹟なのです。かうして話をしたり、だれかと恋だの喧嘩だのをすること、それもそのひとつひとつが奇蹟なのです。人間は奇蹟そのもの。人間のの一挙手一投足も奇蹟そのもの。だから人間は生きなければなりません」。  ちょっと長すぎる広告文ですが、かう書くしかないんぢゃないですか。

 

現代政治の思想と行動

 投稿者:丸山真夫  投稿日:2014年 9月25日(木)09時00分50秒
返信・引用
  現代政治の思想と行動
translated by IVAN MORRIS

  Foreign visitors to japan during the first half of the nineteenth century almost invariably noted that the country was under the dual rule of the Mikado(Tenno), who was the spiritual sovereign,  and the tycoon (Shogun), who held actual power.  After the Restoration, unity was achieved by removing all authority from the latter, and from other representatives of feudal control, and by concentrating it in the person of the former.  In this process, which is variously described as the 'unification of administration and laws' and the 'unification of the sources of dispensation and deprivation, prestige and power were brought together in the institution of the Emperor.  and in Japan there was no ecclesiastical force to assert the supremacy of any 'internal' world over the new combined, unitary power.
  It is true that in due course a vigorous  movement arose to assert people's rights.  Its advocates were engaged in a bitter struggle with the authorities, who in their resistance to the new theories tried to 'instill fear into the hearts of the people, brandishing the prestige of the armed forces in hand and that of the police in the other, thus cowing the populace with power from above.
  yet the struggle for people's rights was concerned primarily with the right of ultimate judgement on such internal values as truth and morality.  All that matter to fighters for popular rights was 'to secure the power of the Sovereign and to define the limits of the people's rights'.  How frivolously they regarded the question of internalizing morality (a prerequisite of any true modernization) is suggested by the passage in which the leader of Òibera¬ Party, Kono Hironaka, discusses the motives of his own intellectual revolution.  The liberalism of (snip)
×  Thus in the struggle for liberalism the question of the individual's conscience never became a significant factoring definingnhis freedom.  Whereas in the West national power after the Reformation was based on formal, external sovereignity, the  Japanese State never came to the point of drawing a distinction between the external and internal spheres and of recognizing that its authority was valid internal spheres and of recognizing that its authority was valid only
for the former.  In this respect it is noteworthy that the Imperial Rescript on Education should have beet proclaimed just before the summoning of the First Imperial Diet.  This was an open declaration of the fact that the Japanese State, being a moral entity, monopolized the right to determine value.
  It is hardly surprising that the clash between Christianity and the policy of national education, which was so important in intellectual circles during the early part of the Meiji Period, should have taken the form of a heated controversy about this Imperial Rescript.  Significantly it was at about this period that the word estisme came into frequent use.

 I

幕末に日本に来た外国人は殆ど一様に、この国が精神的君主たるミカドと政治的実権者たる大君(将軍)との二重統治の下に立っていることを指摘しているが、維新以後の主権国家は、後者及びその他の封建的権力の多元的支配を前者に向かって一元化し集中化する事に於て成立した。「政令の帰一」とか「政刑一途」とか呼ばれるこの過程に於て権威は権力と一体化した。そうして是に対して内面的世界の支配を主張する教会的勢力は存在しなかった。やがて自由民権運動が台頭したが、この民権論とこれに対して「陸軍及ヒ警視ノ勢威ヲ左右ニ提ケ凛然トシテ下ニ臨ミ民心ヲシテ戦慄」(岩倉公実記)せしめんとした在朝者との抗争は、真理や正義の内容的価値の決定を争ったのではなく、「上君ヲ定メ下民権ヲ限リ」といわれるように、もっぱら個人乃至国民の外部的活動の範囲と境界をめぐっての争いであった。凡そ近代的人格の前提たる道徳の内面化の問題が自由民権論者に於ていかに軽々に片づけられていたかは、かの自由党の闘将河野広中が自らの思想的革命の動機を語っている一文によく現れている。その際決定的影響をあたえたのはやはり(中略)と言っている。主体的自由の確立の途上に於て真先に対決さるべき「忠孝」観念が、そこでは最初からいとも簡単に考慮から「除」かれており、しかもそのことについてなんらの問題性も意識されていないのである。(略)そうして第一回帝国議会の招集を目前に控えて教育勅語が発布されたことは、日本国家が倫理的実体として価値鵜内容の独占的決定者たる宣言であったといっていい。
  果たして間もなく、あの明治思想界を貫流する基督教と国家教育との衝突問題がまさにこの教育勅語をめぐって囂々(ごうごう)の論争を惹起したのである。「国家主義」という言葉がこの頃から頻繁に登場し出したということは意味深い。
 

(無題)

 投稿者:丸山正夫  投稿日:2014年 9月25日(木)08時58分10秒
返信・引用
  現代政治の思想と行動
translated by IVAN MORRIS

  Foreign visitors to japan during the first half of the nineteenth century almost invariably noted that the country was under the dual rule of the Mikado(Tenno), who was the spiritual sovereign,  and the tycoon (Shogun), who held actual power.  After the Restoration, unity was achieved by removing all authority from the latter, and from other representatives of feudal control, and by concentrating it in the person of the former.  In this process, which is variously described as the 'unification of administration and laws' and the 'unification of the sources of dispensation and deprivation, prestige and power were brought together in the institution of the Emperor.  and in Japan there was no ecclesiastical force to assert the supremacy of any 'internal' world over the new combined, unitary power.
  It is true that in due course a vigorous  movement arose to assert people's rights.  Its advocates were engaged in a bitter struggle with the authorities, who in their resistance to the new theories tried to 'instill fear into the hearts of the people, brandishing the prestige of the armed forces in hand and that of the police in the other, thus cowing the populace with power from above.
  yet the struggle for people's rights was concerned primarily with the right of ultimate judgement on such internal values as truth and morality.  All that matter to fighters for popular rights was 'to secure the power of the Sovereign and to define the limits of the people's rights'.  How frivolously they regarded the question of internalizing morality (a prerequisite of any true modernization) is suggested by the passage in which the leader of Òibera¬ Party, Kono Hironaka, discusses the motives of his own intellectual revolution.  The liberalism of (snip)
×  Thus in the struggle for liberalism the question of the individual's conscience never became a significant factoring definingnhis freedom.  Whereas in the West national power after the Reformation was based on formal, external sovereignity, the  Japanese State never came to the point of drawing a distinction between the external and internal spheres and of recognizing that its authority was valid internal spheres and of recognizing that its authority was valid only
for the former.  In this respect it is noteworthy that the Imperial Rescript on Education should have beet proclaimed just before the summoning of the First Imperial Diet.  This was an open declaration of the fact that the Japanese State, being a moral entity, monopolized the right to determine value.
  It is hardly surprising that the clash between Christianity and the policy of national education, which was so important in intellectual circles during the early part of the Meiji Period, should have taken the form of a heated controversy about this Imperial Rescript.  Significantly it was at about this period that the word estisme came into frequent use.

 I

幕末に日本に来た外国人は殆ど一様に、この国が精神的君主たるミカドと政治的実権者たる大君(将軍)との二重統治の下に立っていることを指摘しているが、維新以後の主権国家は、後者及びその他の封建的権力の多元的支配を前者に向かって一元化し集中化する事に於て成立した。「政令の帰一」とか「政刑一途」とか呼ばれるこの過程に於て権威は権力と一体化した。そうして是に対して内面的世界の支配を主張する教会的勢力は存在しなかった。やがて自由民権運動が台頭したが、この民権論とこれに対して「陸軍及ヒ警視ノ勢威ヲ左右ニ提ケ凛然トシテ下ニ臨ミ民心ヲシテ戦慄」(岩倉公実記)せしめんとした在朝者との抗争は、真理や正義の内容的価値の決定を争ったのではなく、「上君ヲ定メ下民権ヲ限リ」といわれるように、もっぱら個人乃至国民の外部的活動の範囲と境界をめぐっての争いであった。凡そ近代的人格の前提たる道徳の内面化の問題が自由民権論者に於ていかに軽々に片づけられていたかは、かの自由党の闘将河野広中が自らの思想的革命の動機を語っている一文によく現れている。その際決定的影響をあたえたのはやはり(中略)と言っている。主体的自由の確立の途上に於て真先に対決さるべき「忠孝」観念が、そこでは最初からいとも簡単に考慮から「除」かれており、しかもそのことについてなんらの問題性も意識されていないのである。(略)そうして第一回帝国議会の招集を目前に控えて教育勅語が発布されたことは、日本国家が倫理的実体として価値鵜内容の独占的決定者たる宣言であったといっていい。
  果たして間もなく、あの明治思想界を貫流する基督教と国家教育との衝突問題がまさにこの教育勅語をめぐって囂々(ごうごう)の論争を惹起したのである。「国家主義」という言葉がこの頃から頻繁に登場し出したということは意味深い。
 

20年前の六カ国協議は各国が日本の傀儡(かいらい)であることを証明する。

 投稿者:ねこ  投稿日:2014年 7月 4日(金)05時47分0秒
返信・引用
  20年前の六カ国協議は各国が日本の傀儡(かいらい)であることを証明する。

http://book.geocities.jp/japans_conspiracy/02/p004.html#page44

その日は、神風特別攻撃隊の初出撃50周年で、

日清戦争・黄海海戦勃発100周年の記念日だった。

当然に、「米朝枠組み合意」も「聖水大橋崩壊」も日本の天皇一族のやらせであり、

米国政府も韓国政府も北朝鮮も、天皇一族の傀儡(かいらい)に間違いない。

この糾弾の重大な根拠は、天皇以下、どの政治家も役人も、

組織犯罪について否定どころか、コメントさえもしない。

このような、破廉恥な糾弾を無視する姿勢、無視せざるを得ない事情。

それだけで、犯罪組織呼ばわりされて当然だろう。

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p038.html )
 

雅子さまと紀子さまは、姉妹である可能性が

 投稿者:ねこ  投稿日:2014年 5月19日(月)07時11分16秒
返信・引用
  雅子さまと紀子さまは、姉妹である可能性が

http://book.geocities.jp/conspiracycalendar/02/d/10/1024.html#1966

http://park.geocities.jp/jpcdebate/P05/p237B.html#page237B

やはり天皇一族は女系王朝で、世界的財閥である可能性が高い。

証拠は、ロシアの石油王アブラモヴィッチにあった。

(仮説を含む)

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p037.html )
 

The Lowest Animal 最低の動物

 投稿者: Mark Twain (1835-1910)  投稿日:2014年 3月22日(土)12時10分50秒
返信・引用 編集済
  The Descent of Man from the Higher Animals
高等動物からの人間の退化現象

I have been scientifically studying the traits and dispositions of the "lower animals" (so-called), and contrasting them with the traits and dispositions of man.
私はいわゆる「下等動物」と人間の間に於ける特徴と性格を科学的に観察し、それらを対照させてみた。
I find the result humiliating to me.
結果は恥ずべきものだった。
For it obliges me to renounce my allegiance to the Darwinian theory of the Ascent of Man from the Lower Animals; since it now seems plain to me that the theory ought to be vacated in favor of a new and truer one, this new and truer one to be named the Descent of Man from the Higher Animals.
なぜかといえば、ダーウインが唱えた、人類が下等動物から進化したという進化論を否定せざるをえなくなったからだ。この新しい説はより真実であり、人間が高等動物から退化したという退化論と名付けるべきだ。
Some of my experiments were quite curious.
いくつかの実験は風変わりなものだった。
In the course of my reading I had come across a case where, many years ago, some hunters on our Great Plains organized a buffalo hunt for the entertainment of an English earl.
ある本によれば、何年も前のこと、アメリカ大平原であるイギリス人伯爵を喜ばせようとして、バッファロー狩りが行われた。
They had charming sport.
彼等は狩りを楽しんだ。
They killed seventy-two of those great animals; and ate part of one of them and left the seventy-one to rot.
72頭のバッファローが仕留められ、その内、一頭だけ食用にされたが残り71頭は放っておかれ、腐るに任せた。
In order to determine the difference between an anaconda and an earl (if any) I caused seven young calves to be turned into the anaconda's cage.
巨大蛇(アナコンダは南米で水辺に棲む。体長10メートル、体重250キロ 獲物を丸呑みする)と伯爵を比較するべく、七頭の子牛バッファローを巨大蛇の檻の中に入れてみた。
The grateful reptile immediately crushed one of them and swallowed it, then lay back satisfied. It showed no further interest in the calves, and no disposition to harm them.
飢えた蛇はさっそくその内の一頭を絞め殺し、丸呑みした。しかし、満足気に寝そべったままで、残りの子牛にはなんの興味も示すことがなかった。
I tried this experiment with other anacondas; always with the same result.
私は他の蛇にも同じ実験を繰り返したのだが、いつも同じ結果だった。
The fact stood proven that the difference between an earl and an anaconda is that the earl is cruel and the anaconda isn't; and that the earl wantonly destroys what he has no use for, but the anaconda doesn't.
明らかになった事実は貴族と巨大蛇の違いだった。つまり、伯爵は残酷でアナコンダは人間ほど残酷ではない、ということだ。伯爵は無差別に無駄な殺戮をするがアナコンダは違う。
This seemed to suggest that the anaconda was not descended from the earl.
アナコンダが伯爵より退化したようには思えなかった。
It also seemed to suggest that the earl was descended from the anaconda, and had lost a good deal in the transition.
さらに言えるのは、伯爵はアナコンダより退化していて、それもかなり下等になっていたようだ。
I was aware that many men who have accumulated more millions of money than they can ever use have shown a rabid hunger for more, and have not scrupled to cheat the ignorant and the helpless out of their poor servings in order to partially appease that appetite.
多くの大金持は使い切れないほどの金銭があるにも拘らず、尚一層の財産を得ようとし、良心のとがめもなく無知で困窮した人びとからなけなしの貯金を掠めとっている。
I furnished a hundred different kinds of wild and tame animals the opportunity to accumulate vast stores of food, but none of them would do it.
私は何百種という動物に食物を溜め込ませようとしたが徒労におわった。
The squirrels and bees and certain birds made accumulations, but stopped when they had gathered a winter s supply, and could not be persuaded to add to it either honestly or by chicane.
りすやハチ、ある種の鳥は食物を蓄える。しかし、冬への蓄えが十分になると集めるのを止める。どうしようと彼等が錯覚に陥ることはなかった。
In order to bolster up a tottering reputation the ant pretended to store up supplies, but I was not deceived. I know the ant.
蟻がムダなものを貯め込むという偏見があるが騙されてはならない。蟻が貯めるといっても、高が知れてる。
These experiments convinced me that there is this difference between man and the higher animals: he is avaricious and miserly; they are not.
これらの実験から得られる結論とは人間と他の動物には決定的相違があるということだ。人間は貪欲で、ケチ臭いが他の動物にはそうした特徴はない。
In the course of my experiments I convinced myself that among the animals man is the only one that harbors insults and injuries, harbor  over them, waits till a chance offers, then takes revenge. The passion of revenge is unknown to the higher animals.
実験でわかったのは動物の中でも人間のみが他者を侮辱し、傷つけようとし、さらに、根に持ったあげく、隙をみては復讐の機会を狙う。その執念深さは他の動物にはみられないほどだ。
Of all the animals, man is the only one that is cruel. He is the only one that inflicts pain for the pleasure of doing it. It is a trait that is not known to the higher animals.
動物の中でも人間のみが残酷になれる。人間のみが他者の苦痛をみて喜びを感じる。
The cat plays with the frightened mouse; but she has this excuse, that she does not know that the mouse is suffering.
猫がネズミをおもちゃにすることがあっても、ネズミの苦痛がわかってのことではない。
The cat is moderate--unhumanly moderate: she only scares the mouse, she does not hurt it; she doesn't dig out its eyes, or tear off its skin, or drive  under its nails--man-fashion; when she is done playing with it she makes a sudden meal of it and puts it out of its trouble.
猫は控えめだー非人間的に控えめといっていい。猫はネズミを怖がらせるだけだ。傷つけはしない。猫は目をえぐったり皮を剥いだりしない。また人間がするように爪で引き裂いたりはしない。
猫は遊び終わるやいなや、あっという間にネズミを食べてしまう。
Man is the Cruel Animal. He is alone in that distinction.
人間こそ残酷な動物だ。人間のみが際立っている。
The higher animals engage in individual fights, but never in organized masses. Man is the only animal that deals in that atrocity of atrocities, War. He is the only one that gathers his brethren about him and goes forth in cold blood and with calm pulse to exterminate his kind. He is the only animal that for sordid wages will march out, as the Hessians did in our Revolu?tion, and as the boyish Prince Napoleon did in the Zulu war, and help to slaughter strangers of his own species who have done him no harm and with whom he has no quarrel.
他の動物が個々で戦うことはあるが集団で狩りをすることはない。人間のみが究極の残虐行為であるところの戦争を行う。人間のみが仲間を集めて、戦争に行っては他の人間を冷血に平然と殺す。人間のみが金で雇われ、戦争に行く。ドイツ人傭兵がアメリカ独立戦争で戦い、ズル戦争で若々しいナポレオン王子(ナポレオン三世のいとこ)が戦ったように、傭兵達は、それまで何の恨みも争いごとがない、一度も会ったこともないような人たちを殺しにいくのだ。
Man is the only animal that robs his helpless fellow of his country--takes possession of it and drives him out of it or destroys him. Man has done this in all the ages. There is not an acre of ground on the globe that is in possession of its rightful owner, or that has not been taken away from owner after owner, cycle after cycle, by force and bloodshed.
In truth, man is incurably foolish. Simple things which the other animals easily learn, he is incapable of learning.
人間のみが哀れな人から盗みを働く。そして全財産を奪ったあげく、追放したり処刑したりする。人間がそうしてきたことは歴史をみればわかる。この地球上、他者から奪われたことのない土地はなく、所有権が人から人へと移っていった。それは暴力や戦争を伴ってきた。確かに、人間は救いようがないくらい愚かだ。他の動物が学べる簡単なことでも、人間には学ぶ能力がない。
Among my experiments was this. In an hour I taught a cat and a dog to be friends. I put them in a cage. In another hour I taught them to be friends with a rabbit. In the course of two days I was able to add a fox, a goose, a squirrel and some doves. Finally a monkey. They lived together in peace; even affectionately.
私はもう一つの実験を行った。一時間で犬と猫が仲良く部屋の中で暮らするようにしつけることができた。もう一時間をかけてうさぎを同じ部屋に入れて仲良くするようにしつけることができた。二日かけて、そこにきつね、あひる、りす、数羽の鳩を加えても、皆仲良くさせることができた。最後にサルを部屋にいれてみた。それらの動物たちは、皆仲良く、ときにはいたわり合いながら暮らした。
Next, in another cage I confined an Irish Catholic from Tipperary, and as soon as he seemed tame I added a Scotch Presbyterian from Aberdeen. Next a Turk from Constantinople; a Greek Christian from Crete; an Armenian; a Methodist from the wilds of Arkansas; a Buddhist from China; a Brahman from Benares. Finally, a Salvation Army Colonel from Wapping. Then I stayed away two whole days. When I came back to note results, the cage of Higher Animals was all right, but in the other there was but a chaos of gory odds and ends of turbans and fezzes and plids and bones--not a specimen left alive. These Reasoning Animals had disagreed on a theological detail and carried the matter to a Higher Court.
次に、私はアイルランドのカトリック教徒を別の部屋に入れた。馴れてきたところでスコットランド人の国教徒を入れてみた。次にコンスタンチノープルからトルコ人(イスラム教徒)を招き、そしてクレタ島からギリシャ正教徒、アルメニアン人(キリスト教徒)、アメリカ アーカンサス州から新教徒、中国から仏教徒、インド人ヒンズー教徒も招いてみた。最後に救世軍の大佐も招いてみた。そして二日後に戻ってみると、動物達が暮らす部屋は平穏のままだったが、人間が暮らす部屋はめちゃめちゃになっていた。互いに殺し合った後で、生きてる者は一人もいなかった。彼等は道理をもって考えようとすればするほど、神学上の細かな相違点で一致しないが故に納得できず、神の審判を得んと死を賭して戦ったのだ。
And so I find that we have descended and degenerated, from some far ancestor (some microscopic atom wandering at its pleasure between the mighty horizons of a drop of water perchance) insect by insect, animal by animal, reptile by reptile, down the long highway of smirchless innocence, till we have reached the bottom stage of development--nameable as the Human Being. Below us--nothing. Nothing but the Frenchman.
そこで私がわかったのは、私たち人間は私たちの祖先ー彼方の水から偶然のように生まれた原初生物ー微生物から派生し、ひたすら退化してきたということだ。虫、動物、は虫類などから延々と無邪気とさえいえるほど、最後まで退化していった生物が我ら人間だ。我々より下等な存在はない。ただし、フランス人はもっと酷いかもしれないが。
 

日達上人のお言葉

 投稿者:元学会員  投稿日:2014年 2月14日(金)14時59分51秒
返信・引用 編集済
  昭和四十九年七月二十七日「宗門の現況と指導会」          於総本山大講堂大会議室
日達上人

<昭和49年7月27日>
●学会が宗門に対する態度と申しますか、色々、僧侶に対して批判的であり、また教義的に於いても我々から見て逸脱している事が多々あるように思われます。 それは世間の友好の為、広宣流布の為という目標によってそうしておると聞ききますけれど、その儘にして置いたんでは大問題になりはしないか、終いに於いて取り返しのつかない事になりはしないかという憂慮の為に、先月の中頃でしたか、北條副会長並びに山崎弁護士が来られまして、その時に私は申し上げました。
●国際センターの問題
その時、「国際センターを造る」と…。日蓮正宗国際センターというものを造るという趣旨で来られました。私ははっきり断りました。日蓮正宗は日蓮正宗としての一つの宗教法人である。大聖人の遺命によって広宣流布を全うしなければならないただ一つの宗旨である。それをその上にまた一つまた国際センターというものが出来るとなれば、正宗としてはその上に一つまた被宗教法人が出来る。我々は被宗教法人の下についていくんだから意味がなくなってしまう。日蓮正宗としての意味が。また、御戒壇の大御本尊をお守りしているというのも、今度は出来なくなってしまう。その上の宗教法人に於いて、どうとかと言われたらば、こっちもその’下につくんだから何ともする事が出来なくなる。その意味からはっきり断りました。私はどこまでも日蓮正宗は大聖人の教義を守って、たとえ小さくても宜しいからいきます。今皆様方のお陰で大きくなっているけれども、もっともっと小さくなっても、どなたかまた大きく手伝いしてくれる人があるかもしれない。だから私は、どこまでも大聖人の仏法を守ると言って、はっきり日蓮正宗の上につく日蓮正宗国際センターというものを私は否定といいますか、お断り申し上げました。その時は、それで帰っていきました。
●学会による本山の会計の調査
また、会計を、「大石寺の会計も調べる。その会計を調べる」と言う。大石寺も宗教法人で、その年その年に税務署へちゃんと会計報告して通っている。それにも拘らず、また第三者が来て会計報告まで調べるというのはどうも私は意味が取れない。その時に北條さんが言うには、「もし調べさせなければ手をわかつ、おさらばする」とはっきり言ったのです。(略)正宗に隠した金があるわけじゃない。(略)もっとも何も見るものはなかったんでしょう。
●戒壇の大御本尊のお扱い
というような事が、出来事が多々ありまして、これはもうこの儘じゃ話にもならない。どこまでも、もし学会が来なければ、もうそれは正本堂を造ってもらって有り難い、正本堂はその時の日蓮正宗を少なくとも信心する人の集まりによって、その供養によって出来た建物である。だからもし学会が来なくて生活が立たないというならば、御本尊は宝蔵へおしまいして特別な人が来たならば、御開張願う人があったら御開張してよいという私は覚悟を決めたわけです。そのように言った。そしたらば今月(昭和四十九年七月)六日に、また池田会長が会いたいと言って来ました。会長は、直接、互いに会いました。北條さんと会った時には、総監も教学部長も、この庶務部長も立ち会っているから私の言った事を聞いているはずである。決して私は余分な事は言わないし嘘も言っていない。此の人達に聞けば解る。(略)
●池田会長(昭和49年当時)の日達上人への約束
会長がぜひ会いたいというから部屋で二人で会いました。その時も、もし自分らの教義の間違いがあるなら、どんどん指摘してくれ、自分らも一生懸命今までの考えを止めて正しい教義をしてやりますからと、お互いに手を握りあってやりましょうと握手しました。そして共にやっていこうと思っております。謗法を勧めもしない。そして正宗を守ってくれるという話の上で、私は一生懸命やりましょうと。(略)僧侶がどこに商売があるのか、僧侶という商売は無いはずだ。出家なんだから。そのような事をどんどん言っているから、私も堪えられなくなって結局先日から言い出して学会に注意したわけです。
●日達上人の覚悟
今この時に於いて憎まれても私が言わなければ大変だと思ったから私は言ったんです。そのためにはある程度の動揺はあるかもしれません。私は覚悟したわけです。その時、実際皆様の五月の寺族同心会にて、一人でもお山を守りたい。もうどんどん手を切ってもいいから、百姓をしてもいいからやろうと。皆お山の連中にもそう言ってるんです。結局百姓して食わなきゃ駄目だぞと。それ迄決心して私は言ったんですから、どうか皆さんもしっかりしてですね。
●誹法厳戒
信徒を大事にする。しかし法は曲げない。もし自分がその正しい法に背いていると気づいたならば止めなければいけない。それが大事な事なんです。(略)?皆今ここにおられる方は中堅以上の方、皆若い、宗門を必ず背負っていく方々ですから、今貴方がたにそういう心がなければ、「ただ大きいものに巻かれて、ただ生活しておればいい」というような考えでは、宗門は必ず衰微してしまいます。どうか宗門の為に皆堅く手を握って法門を守り、大聖人の仏法を広宣流布していって戴きたい事をお願いします。どうかよろしくお願いします。

 

私が創価学会=公明党を批判するわけ

 投稿者:池田大作の友達  投稿日:2014年 1月26日(日)09時47分1秒
返信・引用
  解説
   創価学会は、反逆者に対して厳しい言葉で批判する正当な理由があるとしている。しかし、ある事ない事をごっちゃまぜにした上、私生活を公の機関紙で暴くことは名誉毀損になるのではないか。特に竹入元公明党委員長に関する報道に問題があったのではないか。たとえ刑事事件に問われなかったにしても、汚らしい選挙キャンペーンをみるようで、創価学会員でも気分を悪くした人も多かったのではないか。SGI憲章で創価学会は人権を守るとしている。しかし大部分の創価学会員は「人権」の意味をわかってないのではないか。というか、わざと理解しているふりをしてるだけではないか。
   約40年前、池田が中心となって起こした『言論出版妨害事件』では、創価学会=公明党の体質が反人権的であることを天下に示した。それ以来、表向きの体質改善の決意発表とは裏腹に、本質的な人権侵害的体質は変わっていない。「人権の尊重」とは「自分たち」だけの権利を主張することではない。「人権を尊重する」とは1自分が率先してルールを守る2最低限のルールを守っているかぎり、自分たちを批判している人たちの人権も尊重するということだ。自分たちの主張のみが正しい、とするのは独善主義という。池田は次のスピーチで例の胡散臭い「極善vs極悪」論を展開している。すなわち、自分が主張するのは、極善であるなら→それを積極的に賛同できない勢力は極悪とする。それは明快すぎる二元論だ。だが、池田が主張するところの極善とは独善に他ならない。タモリが言うところの「涙のファッショ」だ。池田は「極善」の反対を「極悪」としているが、現実の世界でそういう二律背反の二元論で割り切れる事柄は少ない。
  そもそも、極悪とされる「反逆」とは「主流」からみて反逆であって相対的な評価にすぎない。「反逆者」が主流になれば「主流派」は反動勢力とレッテルを貼られ、逆に貶められる。そうした価値観の相対性と多様性を確認した上で、立場が異なり思想が異なる人びとの意見を述べる機会をつくるというのが人権を尊重するという意味だ。多数を占めれば少数意見を聞く必要がない、ということではない。一か百の話ではないのだ。
  池田は次のスピーチで「仏敵に対して厳しい言葉」などと言ってるが、何をもって「厳しい言葉」とし、どの範囲で定義してるのか。どういう言葉遣いが他人を馬鹿にし、貶め、侮辱することになるかわかってるのだろうか。その本音は偽善的だ。仏敵と蔑むのがそもそも間違いだ。人権を尊重しているとはいえない。
  大乗仏教の経典(法華経)では提婆達多が救いようのない仏敵として登場する。ところが仏教史を研究している専門家によれば、実際の提婆達多が率いた異流儀集団は主流の仏教集団から距離をたもちつつ長く存在し続けたという。つまり、同じような考え方をする人たちの間でも選択の幅があったということだ。「分裂=悪」と決めつけるべきではないということだ。そちらのほうが、本来の仏教のあり方に適ってるのではないか。
  日蓮大聖人にしても「四箇格言」で他宗を厳しく排斥したが実際は、他宗から強い影響を受けた。鎌倉新仏教の中では、最も遅れて登場した日蓮大聖人だったが、大聖人は逆にその立場を利用した。真言宗の強い影響を筆頭に、念仏の換骨奪胎とさえいえる題目を唱える易行を勧めるなど、言わば、「いい所取り」をした。(実は当時、武士の間で人気のあった禅宗の影響も見逃すことができない)つまり鎌倉新仏教のエッセンスを極めたのだ。(時宗を開いた一遍は日蓮大聖人より遅れたが、広い意味で浄土宗に含めても問題ないと思う)その上で、天台教学の権威をそのまま認め、借用した。実際の思想と行動では他宗の長所を認め、尊重していたのだ。激しく批判する言葉とは裏腹に他宗との共存共栄を認めていたのではないか。弘法大師生誕の地で、真言宗牙城四国の地に於いても日蓮正宗本山格の讃岐本門寺があるというのも面白い。
  明治時代の教育者で、後々まで影響を与え、その精神的遺産が大きかった内村鑑三だが、彼は英文で「代表的日本人」を書いている。その中で、内村は日蓮(大聖人)を挙げている。なぜ日蓮(大聖人)を挙げたかというと、日蓮(大聖人)が困難に負けず、孤高の中でも独自の信念を貫き通したからとしている。普通にいうなら、「普通の日本人なら付和雷同の上、長いものに巻かれろ式に大勢に迎合してしまうのに、日蓮(大聖人)は日本人らしからぬ強い独自の信念を貫いた」とでもすべきところだ。なぜ、キリスト者である内村が仏家の日蓮大聖人を敢えて代表的日本人に数えたのだろうか。それは、内村自身が、大和魂を融合した無教会主義を主唱したキリスト者だったからだろう。すなわち、「不敬罪」などで逮捕され、同じく孤高を貫いたというだけでなく、キリスト教会の教えに一工夫も二工夫も加えた独自の教えを展開したからだ。それが、日蓮大聖人の教えと相通ずるところを発見したのだ。
  現在、そこにますます世界が注目している日本人の「モノヅクリ」の共通の原点もあると思う。すなわち、オリジナルに一工夫、二工夫、さらに三工夫を加えて、いわばオリジナルの「換骨奪胎」を作り上げるのだ。
 伊豆伊東にある浄土宗の寺では、ある夜、道に迷った日蓮大聖人が一宿したという真しやかな伝承がある。佐渡島に流罪された日蓮大聖人だったが、阿仏房夫婦、一谷入道夫婦など念仏の強信者によって差し入れられた食物によって飢えをしのいだ。その中でも一谷入道は最期まで改宗することもなく、後に日蓮大聖人から「あなたは必ず地獄に堕ちる」とまで言われている。いい意味で、現在の日蓮正宗が唱えるところの「謗法厳誡」を実践していなかったのだ。権力者と宗教勢力の争いはあったが仏教各宗同士で殺し合いまでしたことは殆ど記録されてない。
 日蓮大聖人は自分が亡くなったあとの教団の行方を心配して六老僧を定め、制度化することで自分が説いた教義を守ろうとした。しかし、結果的に、その六老僧制度が教団の分裂を招いてしまった。もっとも、それは皮層的見方で、分裂した日蓮宗は六老僧制度があったからこそ教団の多様性を保ち、地方にまでその教勢を伸ばすことができた。南無妙法蓮華経が南無阿弥陀仏と同様に日本人の生活の一部となった事実に彼等の努力の成果が見て取れる。事実、日本の歴史をみれば日蓮宗は様々な傑僧に恵まれ、宗団は大発展した。日蓮大聖人にはやはり深謀遠慮があったということだ。
 一神教の典型であるキリスト教は現在、世界で最も多くの信者数を誇っている。彼等は激しく迫害されてきたという歴史はあるが、異なる宗教をたもつ人びとを逆に迫害してきたのも事実だ。それも互いに殺し合い、多くの敵を殺せば殺すほど英雄となる戦争をした。中世に起こった、悪名高い「魔女狩り」をそのまま異端排斥運動に結びつけることはできないが、キリスト教に於ける「異端者」への憎悪は、魔女に対する偏見と憎しみと大差はなかった。法王は新教徒の虐殺を祝福した(聖バーソロミューの虐殺)。同じ教派の中でも、僅かに異なる教義の対立によっても殺し合いまでしてきた。宗教が紛争の中心になってきたのは、近現代の戦争に於ける一つの特徴だ。
  アメリカの文豪マーク トウエインはその晩年、人類の未来に絶望していて、The Lowest Animalというエッセーを書いている。その中で人間のみが宗教正義のために殺し合うとして、最低の動物と定義している。手塚治虫も「ブッダ」の中で「人間のみが殺したいから殺す」として最低の動物とした。 欧米に於いては宗教正義こそが人間に最も残酷な行動をさせてきた。ナチスドイツのユダヤ人迫害もその本質は宗教迫害だった。そういう点では、同じ一神教のイスラム教徒の方が異教徒に対して寛容だった。(イスラム教徒同士でも殺し合いをしてきたのも事実だ)
 古代から多神教だった日本は仏教を初め、様々な宗教が混在してきた。それは「日本教」とも呼べるもので、異質な宗教が互いに影響を与えあい、融合していった。日本の風土では宗教の寛容が当たり前に実践されてきた。浄土真宗や日蓮正宗には原理主義者を育む要素があるものの、彼らはそれなりに時代に適合していった。いわば大人になっていった。権力者と宗教勢力が対立したり、利用しあうことはあったが一つの宗教勢力が突出することは殆どなかった。江戸幕府による隠れキリシタン迫害や日蓮宗不受不施派への迫害は寧ろ異常な出来事だった。
  池田はスピーチの中でキリスト教をもちだして反逆者にたいする批判(蔑み・いじめと呼べる)を正当化している。そのスリかえの屁理屈は見事といえるのかもしれないが、的外れなのは言うまでもない。そのうえ、アメリカ公民権運動の英雄キング牧師の言葉を引用している。ガンジー・キング・イケダ展の冗談に乗せられて、ガンジーの場合と同様に、牽強付会的に自分とキング牧師の共通点を見いだせると思ったのだろう。その内バイブルを引用することもあるかもしれない。ガンジーと同様にキング牧師が「死人に口なし」とはいえ、どれだけ迷惑に感じているかしれない。
 いかなる集団にしても、その集団の団結のためには異質なものを弾き、敵と設定しなければならない。さもなければ集団の士気が弱まり、自然消滅してしまう。ところが人権を尊重し、宗教の自由が優先的に尊重される現代においては、異質な存在を嫌悪するようなことがあっても、そういう集団とも上手くつき合っていく方法をみつけださなければならない。 ということは、創価学会員に人権尊重を勧めるだけでは不十分で、「反人権的集団」の創価学会とも共存していく方法も模索しなければならないのかもしれない。しかし、「戦う民主主義」の思想背景には、「人権を尊重しない人(集団)」の権利は逆に尊重されることはない」という哲学がある。したがって、人によっては「人権を尊重しない創価学会の完全な権利を認めるべきだはない」とするかもしれない。どこまで「異質の権利」を認めるかは個人こじんの判断に委ねるしかないが、池田の偽善者ぶりに嫌悪感をもつ人が多いのは当たり前のことだ。

  <蛇足>ところで、換骨奪胎について少し触れておきたい。アカデミックな世界では、文章の剽窃は最もタブー視される。ところが、「クローズアップ現代」でも取り上げていたように、現代においては、コンピューターとインターネットを使ったコピペがあまりに容易になったために、特に他人の権威ある文章を恰も自分のものとして発表することが、どんなレベルでも容易になった。しかし、専門家からみれば、あまりに子供騙しなものも多い、実をいえば、溝口氏や山崎正友氏が指摘しているように、文章の剽窃こそは池田創価学会が得意としてきた分野なのだ。しかし、換骨奪胎の意味は元々、「骨をとりかえ、子宮を取って使う意で、古いものに新しい工夫をこらして再生することにいう」(四字熟語データバンク)とあるように、道家からくる「人間再生(仙人に生まれ変わる)」という肯定的意味だった。いわば、人間革命の意味だった。創価学会が日蓮正宗の教えを盗んで自分のものにする行為は、実に創価学会らしい換骨奪胎だが、それはひょっとすると日蓮大聖人の教えだけではなく、大和魂のDNAが自然に現れただけなのかもしれない(苦笑)

池田スピーチ

『聖教新聞』等では、仏敵に対して厳しい言葉を使うこともある。しかし、感情的な悪口雑言や、根拠の無いデマとは本質的に異なる。

キング博士の有名な言葉に「不正義は、いかなる場所のものであろうと、すべての正義に対する脅威となる」とあるように、たとえ立場が違っていても、不正義によって人間の尊厳が脅かされている時には、それを見過ごしたままでいることは決して許されないのである。

日蓮大聖人は「法華経の敵を責めよ」「謗法(ほうぼう)は許してはならない」と繰り返し叫ばれ、大聖人の仏法は、どこまでも仏と魔との戦いであると強調された。大聖人は、「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば師檀(しだん)ともに無間(むけん)地獄は疑いなかるべし」(御書P.1056)と仰せになり、法華経の敵を見ながら悪を責めなければ、師弟ともに無間地獄に堕ちてしまうと厳しく教えられている。

反逆者に対して強く厳しい言葉で批判することは、その人の悪業(カルマ)を減らすという「慈悲」をベースとした「破邪顕正」の言論戦である。武士は戦って相手を倒し、とどめを刺す。今の人はそこが分からず「何もそこまでやらなくても」と言う。命のカルマはそう簡単には変わらないから「業(ごう)」と言うのだ。
宗教者なら、もう少し寛容であっていいのではないかと指摘する向きもある。しかし、宗教の寛容性というのは、悪に対して融和的で、ある程度許容していいということでは全くない。それは政治の世界での妥協ということであり、善悪を峻別(しゅんべつ)するべき宗教の次元のことではない。
なぜ仏法の世界では、悪に対してかくまで厳正でなければならないのか。それはもし、人間存在の根源である心の領域に、悪をいささかでも容認するなら、人間社会での倫理の基準、根本が確立しなくなってしまうからである。

自らの過ちや慢心により創価学会に恨みを抱いた反逆者たちが、ありもしないデマを吹聴したり、架空のスキャンダル等を週刊誌に売り込んだりして学会組織をかく乱しようとした。それによって多くの真面目な学会員が嫌な思いをしたり、不信感を抱いたりしないように、正邪を明確にして反論する責任が学会幹部にはある。多くの人が信じていた者が裏切りや間違いをおこした場合、厳しく指摘するのが本当の仏法者の使命だ。そして、西洋のキリスト教の論争史をみても、その厳しさは、学会の比ではない。

「もし、仏弟子がいて、仏法を破壊するものを見て置いて、責め立て、追い出し、その罪をあげつらわなければ、まさに『この人は“仏法の中の仇(あだ)”である』と知るべきである。もし、よく追い出し、責め立て、その罪をあげつらうというのは、この者こそ私の弟子、真の仏の弟子である」――これは『涅槃(ねはん)経』に説かれた釈尊の遺言である。
釈尊も極悪人を舌鋒(ぜっぽう)鋭く弾劾した。提婆達多(だいばだった)に対して、「お前は人の唾(つば)を食らう愚か者だ!」と人々の面前で叱り飛ばした話は有名だ。

フランスの思想家・ルソーは言った。

「真実の正義の人間とは、悪に対して強い人間である」
「正義の人は悪人を決して許すことはできない」
「悪人に対して恐るべき人間になりえないとしたら、どうして彼は善良な人間でありえようか」

日蓮大聖人は、こう仰せであられる。

「たとえ、強く荒々しい言葉であっても、人を救えば真実の言葉であり、やわらかい言葉である。たとえ、やわらかい言葉であっても、人を害すれば偽りの言葉であり、強言(ごうげん)である」

大事なのは、言葉の厳しさ、柔らかさではない。正邪を明らかにし、「人々を救う言葉」であるかどうか、ということだ。
そもそも悪というのは、厳しく責め抜いてこそ正体を暴くことができる。御書に、「修羅(しゅら)のおごり帝釈(たいしゃく)にせめられて無熱池(むねつち)の蓮(はちす)の中に小身(しょうしん)と成(なり)て隠れしが如(ごと)し」と仰せの通りだ。
だからこそ、大聖人は邪悪を徹底的に糾弾された。
「糞犬(やせいぬ)が師子王(ししおう)をほへ癡猿(こざる)が帝釈(たいしゃく)を笑ふに似たり」
「畜生(ちくしょう)に劣れり」「大悪魔」等々、それはそれは手厳しい。

広宣流布は、仏と魔との闘争だ。御書に「いかなる大善をつくり法華経を千万部読み書写し一念三千の観道(かんどう)を得たる人なりとも法華経の敵(かたき)をだにも・せめざれば得道(とくどう)ありがたし」(P.1494)と仰せの通り、「法華経の敵」を責めてこそ初めて成仏はかなう。
悪に対しては容赦なく、徹底的に破折する。それでこそ正義であり、真実の言論だ。「極悪」を打ち砕いてこそ「極善」になる。御書には、「悪を滅(めつ)するを功(く)」「善を生(しょう)ずるを徳(とく)」とも仰せであられる。
創価学会は、大聖人直結の「破折(はしゃく)精神」で戦い抜いてきたからこそ、ここまで発展したのである。
(2009年3月)
 

いちょうの実

 投稿者:宮沢賢治  投稿日:2014年 1月19日(日)05時07分23秒
返信・引用
  そらのてっぺんなんかつめたくてつめたくてまるでカチカチのやきをかけた鋼(はがね)です。
 そして星(ほし)がいっぱいです。けれども東(ひがし)の空(そら)はもうやさしいききょうの花(はな)びらのようにあやしい底光(そこびかり)をはじめました。
 その明(あ)け方がたの空(そら)の下(した)、ひるの鳥(とり)でもゆかない高(たか)いところをするどい霜(しも)のかけらが風(かぜ)に流(なが)されてサラサラサラサラ南(みなみ)のほうへとんでゆきました。
 じつにそのかすかな音(おと)が丘(おか)の上(うえ)の一本(ぽん)いちょうの木(き)に聞(き)こえるくらいすみきった明(あ)け方がたです。
 いちょうの実(み)はみんないちどに目(め)をさましました。そしてドキッとしたのです。きょうこそはたしかに旅(たび)だちの日(ひ)でした。みんなも前(まえ)からそう思(おも)っていましたし、きのうの夕方(ゆうがた)やってきた二わのカラスもそういいました。
「ぼくなんか落(おち)るとちゅうで目(め)がまわらないだろうか。」一つの実(み)がいいました。
「よく目(め)をつぶっていけばいいさ。」も一つが答(こた)えました。
「そうだ。わすれていた。ぼく水(すい)とうに水(みず)をつめておくんだった。」
「ぼくはね、水(すい)とうのほかにはっか水(すい)を用意(ようい)したよ。すこしやろうか。旅(たび)へ出(で)てあんまり心持(こころもち)のわるいときはちょっと飲(の)むといいっておっかさんがいったぜ。」
「なぜおっかさんはぼくへはくれないんだろう。」
「だから、ぼくあげるよ。おっかさんをわるく思(おも)っちゃすまないよ。」
 そうです。このいちょうの木(き)はおかあさんでした。
 ことしは千人(にん)の黄金色(きんいろ)の子(こ)どもが生(う)まれたのです。
 そしてきょうこそ子(こ)どもらがみんないっしょに旅(たび)にたつのです。おかあさんはそれをあんまり悲(かな)しんでおうぎ形(がた)の黄金(きん)の髪(かみ)の毛(け)をきのうまでにみんな落(お)としてしまいました。
「ね、あたしどんなとこへいくのかしら。」ひとりのいちょうの女(おんな)の子(こ)が空(そら)を見(み)あげてつぶやくようにいいました。
「あたしだってわからないわ、どこへもいきたくないわね。」もひとりがいいました。
「あたしどんなめにあってもいいから、おっかさんとこにいたいわ。」
「だっていけないんですって。風(かぜ)が毎日(まいにち)そういったわ。」
「いやだわね。」
「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまうんでしょう。」
「ええ、そうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」
「あたしもよ。今(いま)までいろいろわがままばっかしいってゆるしてくださいね。」
「あら、あたしこそ。あたしこそだわ。ゆるしてちょうだい。」
 東(ひがし)の空(そら)のききょうの花(はな)びらはもういつかしぼんだように力(ちから)なくなり、朝(あさ)の白光(しろびかり)があらわれはじめました。星(ほし)が一つずつきえてゆきます。
 木(き)のいちばんいちばん高(たかい)ところにいたふたりのいちょうの男(おとこ)の子(こ)がいいました。
「そら、もう明(あ)かるくなったぞ。うれしいなあ。ぼくはきっと黄金色(きんいろ)のお星(ほし)さまになるんだよ。」
「ぼくもなるよ。きっとここから落(おち)ればすぐ北風(きたかぜ)が空(そら)へつれてってくれるだろうね。」
「ぼくは北風(きたかぜ)じゃないと思(おも)うんだよ。北風(きたかぜ)はしんせつじゃないんだよ。ぼくはきっとからすさんだろうと思(おも)うね。」
「そうだ。きっとからすさんだ。からすさんはえらいんだよ。ここから遠(とお)くてまるで見(み)えなくなるまでひと息(いき)に飛(と)んでゆくんだからね。たのんだら、ぼくらふたりぐらいきっといっぺんに青(あお)ぞらまでつれていってくれるぜ。」
「たのんでみようか。はやく来(く)るといいな。」
 そのすこし下(した)でもうふたりがいいました。
「ぼくはいちばんはじめにあんずの王様(おうさま)のお城(しろ)をたずねるよ。そしておひめ様(さま)をさらっていったばけものを退治(たいじ)するんだ。そんなばけものがきっとどこかにあるね。」
「うん。あるだろう。けれどもあぶないじゃないか。ばけものは大(おお)きいんだよ。ぼくたちなんか、鼻(はな)でふきとばされちまうよ。」
「ぼくね、いいもの持(も)っているんだよ。だからだいじょうぶさ。見(み)せようか。そら、ね。」
「これおっかさんの髪(かみ)でこさえた網(あみ)じゃないの。」
「そうだよ。おっかさんがくだすったんだよ。なにかおそろしいことのあったときはこのなかにかくれるんだって。ぼくね、この網(あみを)ふところにいれてばけものに行(い)ってね。もしもし。こんにちは、ぼくをのめますかのめないでしょう。とこういうんだよ。ばけものはおこってすぐのむだろう。ぼくはそのときばけものの胃(い)ぶくろのなかでこの網(あみ)をだしてね、すっかりかぶっちまうんだ。それからおなかじゅうをめっちゃめちゃにこわしちまうんだよ。そら、ばけものはチブスになって死(し)ぬだろう。そこでぼくはでてきてあんずのおひめ様(さま)をつれてお城(しろ)に帰(かえ)るんだ。そしておひめ様(さま)をもらうんだよ。」
「ほんとうにいいね。そんならそのときぼくはお客様(きゃくさま)になっていってもいいだろう。」
「いいともさ。ぼく、国(くに)を半分はんぶんわけてあげるよ。それからおっかさんへは毎日(まいにち)おかしやなんかたくさんあげるんだ。」
 星(ほし)がすっかりきえました。東(ひがし)の空(そら)は白(しろ)くもえているようです。木(き)がにわかにざわざわしました。もう出発(しゅっぱつ)に間(ま)もないのです。
「ぼく、くつが小(ちい)さいや。めんどうくさい。はだしでいこう。」
「そんならぼくのとかえよう。ぼくのはすこし大(おお)きいんだよ。」
「かえよう。あ、ちょうどいいぜ。ありがとう。」
「わたしこまってしまうわ、おっかさんにもらった新(あた)らしい外套(がいとう)が見(み)えないんですもの。」
「はやくおさがしなさいよ。どのえだにおいたの。」
「わすれてしまったわ。」
「こまったわね。これからひじょうに寒(さむ)いんでしょう。どうしても見(み)つけないといけなくってよ。」
「そら、ね。いいぱんだろう。ほしぶどうがちょっと顔(かお)をだしてるだろう。はやくかばんへ入いれたまえ。もうお日ひさまがおでましになるよ。」
「ありがとう。じゃもらうよ。ありがとう。いっしょにいこうね。」
「こまったわ、わたし、どうしてもないわ。ほんとうにわたしどうしましょう。」
「わたしとふたりでいきましょうよ。わたしのをときどきかしてあげるわ。こごえたらいっしょに死(し)にましょうよ。」
 東ひがしの空(そら)が白(しろ)くもえ、ユラリユラリとゆれはじめました。おっかさんの木きはまるで死(し)んだようになってじっと立(た)っています。
 とつぜん光(ひかり)のたばが黄金(きん)の矢(や)のように一度(ど)にとんできました。子(こ)どもらはまるでとびあがるくらいかがやきました。
 北(きた)から氷(こおり)のようにつめたいすきとおった風(かぜ)がゴーッとふいてきました。
「さよなら、おっかさん。」「さよなら、おっかさん。」子こどもらはみんな一度(ど)に雨(あめ)のようにえだからとびおりました。
 北風(きたかぜ)がわらって、
「ことしもこれでまずさよならさよならっていうわけだ。」といいながらつめたいガラスのマントをひらめかしてむこうへいってしまいました。
 お日様(ひさま)はもえる宝石(ほうせき)のように東(ひがし)の空(そら)にかかり、あらんかぎりのかがやきを悲(かなし)む母親(ははおや)の木(き)と旅(たび)にでた子(こ)どもらとに投(な)げておやりなさいました。




底本:「注文の多い料理店――宮沢賢治童話集 1」青い鳥文庫、講談社
 

チャップリン『独裁者』スピーチ

 投稿者:チャップリンを愛する人  投稿日:2014年 1月17日(金)14時02分2秒
返信・引用 編集済
 

<新訳>
I'm sorry but I don't want to be an Emperor. That's not my business.
I don't want to rule or conquer anyone.
I should like to help everyone if possible, Jew, gentile, black man, white.
すみませんが、私は皇帝,になりたいのではありません。
それは私に関係がないことです。
私は誰も支配したり、征服したりしたくありません。
できれば、私は皆を助けたい、ユダヤ人であろうとなかろうと、黒人であろうと白人であろうと関係ありません。

We all want to help one another, human beings are like that.
We all want to live by each other's happiness, not by each other's misery. We don't want to hate and despise one another.
In this world there is room for everyone and the earth is rich and can provide for everyone.
私たちはみな互いに助け合いたいのです。人間とはそういうものです。
私たちは誰の惨めな犠牲になることなく、むしろ互いの幸福によって支えあいたいのです。
私たちは互いを憎しみ合ったり、軽蔑しあったりしたくはないのです。
この世界は皆のために十分な広さがあり、また、地球は豊かで、全ての人を養えます。


The way of life can be free and beautiful. But we have lost the way.
Greed has poisoned men's souls has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.
We have developed speed but we have shut ourselves in, machinery that gives abundance has left us in want.
Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind.
We think too much and feel too little,
more than machinery we need humanity,
more than cleverness we need kindness and gentleness,
without these qualities, life will be violent and all will be lost.
生きることは自由で美しいのです。しかし、私たちはその本来のありかたを失っています。
貪欲は私たちの魂を毒し、憎しみの壁の中に閉じ込め、踏みつけ血だらけにしています。
私たちは効率のよい生活を手に入れましたが、閉じ込められ、豊かさを与えたはずの機械は私たちを却って満たされぬままにしています。
知識は私たちを皮肉屋にさせ、賢さは私たちを頑にし、不親切にしています。
私たちはよく考えるようになりましたが、感じなくなりました。
私たちに必要なのは、人間性であり、機械ではありません、賢さよりも親切心や労りなのです。
それらを失えば、私たちは暴力的になり、自らを失ってしまいます。

The airplane and the radio have brought us closer together.
The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood for the unity of us all.
Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children,
victims of a system that makes men torture and imprison innocent people.
To those who can hear me, I say "Do not despair".
飛行機やラジオ局は私たちの間の距離を縮めました。
それらが発明されたのは、私たちから良心を呼び起こし、私たちをつなぐ普遍的な同士愛を呼び覚ますためでした。
今、私の声は、世界中の人々に届き、絶望に陥っている男や女、小さい子供達に届いています。
彼等は無実にも拘らず、拷問にかけられ、牢に閉じ込められているのです。
聞こえるなら、彼らに言いたい。「絶望するな」と言いたいのです。

The misery that is now upon us is but the passing of greed,
the bitterness of men who fear the way of human progress,
the hate of men will pass and dictators die,
and the power they took from the people will return to the people,
and so long as men die, liberty will never perish.
私たちは今は惨めだが、貪欲は消え去るのです。
恨みに満ちた人びとの心に進歩はないのです。
人間の中にある憎悪は消え、独裁者は滅びるのです
民衆から奪った力は民衆に返されます。たとえ人間が死のうとも、自由が死ぬことはないのです。

Soldiers, Don't give yourselves to brutes,
men who despise you and enslave you - who regiment your lives,
tell you what to do, what to think and what to feel,
who drill you, diet you, treat you as cattle, as cannon fodder.
兵士たちよ、獣のような独裁者たちに負けてはならなりません。
彼等はあなたたちを軽蔑し、奴隷にし、型にはめ、何をし、何を考え、何を感じるかをコントロールし、
訓練し、何を食べるかまで従わせようとしています。あなた方をまるで家畜か使い捨ての道具のように扱っています。

Don't give yourselves to these unnatural men, machine men, with machine minds and machine hearts.
You are not machines. You are not cattle.
You are men.
You have the love of humanity in your hearts.
You don't hate, only the unloved hate. Only the unloved and the unnatural.
Soldiers! Don't fight for slavery, fight for liberty.
そのような不自然で、機械のような人たちに負けてはなりません。
あなた達は機械や家畜でもはありません。
あなた方は人間なのです。
あなたの心の中に、人への愛があるのです。
人を憎んではなりません。愛がなく、機械みたいな人が人を憎むのです。
兵士諸君!奴隷を作り出すために戦うのは止めましょう。自由のために戦いましょう。

In the seventeenth chapter of Saint Luke it is written "the kingdom of God is within man" -
not one man, nor a group of men - but in all men - in you, the people.
ルカ福音17章には、「人の心の中に神の国はある」とあります。
それは決して、ある一人に限られているわけでも、限られた人たちを指しているのでもありません。
全ての人たち、すなわち、他ならぬあなた方自身のことを言っているのです。

You the people have the power, the power to create machines, the power to create happiness.
You the people have the power to make life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.
皆さんがたにこそ力があるのです。その力によって機械を作り、幸福を生みだしているのです。
皆さんがたの中に具わる力によって、人生を自由に美しくさせ、すばらしい冒険に満ちたものにしているのです。


Then in the name of democracy let's use that power - let us all unite.
Let us fight for a new world,
a decent world that will give men a chance to work, that will give you the future and old age and security.
By the promise of these things, brutes have risen to power, but they lie.
They do not fulfil their promise, they never will.
Dictators free themselves but they enslave the people.
そうであるなら、民主主義の名において、その力を使おうではありませんか。団結しましよう。
新しい世界のために戦いましょう。しかるべき世界では、職を探す人には職が与えられ、将来設計ができるようになるでしょう。老人には安心が与えられます。
独裁者たちは同じようなみせかけの約束を信じ込ませて、政治権力を握りました。しかし、彼等はウソをついていました。彼等は約束を果たすどころか、人々を奴隷にしました。


Now let us fight to fulfil that promise.
Let us fight to free the world, to do away with national barriers, do away with greed, with hate and intolerance.
Let us fight for a world of reason, a world where science and progress will lead to all men's happiness.
Soldiers! In the name of democracy, let us all unite!
Hannah, can you hear me?
Wherever you are, look up Hannah.
さあ、私たちこそが立ち上がり、その約束を実現しましょう。
この世を解放するために戦い、国境を取払い、貪欲と憎しみ、さらに偏狭な心を捨て去りましょう。
兵士達よ民主主義の名の下に団結しようではありませんか。
ハンナ聞こえるかい?
何処にいようとも、見上げるのです。


The clouds are lifting, the sun is breaking through.
We are coming out of the darkness into the light.
We are coming into a new world.
A kind new world where men will rise above their hate, their greed and their brutality.
今、雲が晴れ、太陽が輝くのです。
私たちは暗闇から出て、光に向かうのです。
新しい世界にやって来たのです。
優しい、新しい世界では、人びとの心に憎しみはなく、貪りや残忍さもなくなるのです。


Look up Hannah.
The soul of man has been given wings - and at last he is beginning to fly.
He is flying into the rainbow - into the light of hope, into the future,
the glorious future that belongs to you, to me, and to all of us.
Look up hunna.
ハンナ、見上げてごらんなさい。
人は翼を身につけ、とうとう飛び始めましたよ。
人は虹の中にとびこんで、希望の光と未来に向かっていくのです。
栄光に満ちた未来は君のためにあるのです。そして、私たち全てにあります。
さあ、ハンナ見上げてごらんなさい。
 

昔の学会指導

 投稿者:原島嵩(元創価学会教学部長)  投稿日:2014年 1月 9日(木)03時28分46秒
返信・引用
  <質問>日蓮大聖人というように、なぜ「大聖人」と呼ぶのですか。
<答え>日蓮大聖人が自らを「聖人」「大人」と称せられている御書を引いてみましょう。
「南無日蓮聖人ととなえんとすとも」(撰時抄)
「当世には日本第一の大人なり」(同抄)
「日蓮は一閻浮提の聖人なり」(聖人知三事)
以上でもわかるように撰時抄では「聖人」「大人」と称されています。これは「大聖人」と称されているのと同じです。また「一閻浮提第一の聖人」というのも「大聖人」というのと同じ意味です。したがって日蓮正宗では「日蓮大聖人」と呼ぶのです。
第二に、日蓮大聖人は御本仏であるゆえに「大聖人」と呼ぶのです。法華経方便品に、「慧日大聖尊」(えにちだいしょうそん)とあります。これは仏のことであり、「尊」とは「人」ということです。なぜなら「人」とは「凡夫」であり、また「凡夫」こそ「世尊」「仏」であるからです。すなわち「仏」と「大聖人」とは同じ意味です。また大聖人の御書にも「仏世尊は実語の人なり。故に聖人・大人と号す」(開目抄)「此等の人人に勝れて第一なる故に世尊をば大人とは申すぞかし」(同)とあります。つまり、「世尊」「仏」と「聖人・大人」とは同じであると述べられています。
以上の二つの理由で「日蓮大聖人」と呼ぶわけですが、日蓮正宗以外の、他の日蓮宗各派ではいずれも「日蓮大菩薩」と称しています。これは足利時代に天皇から大菩薩の称号が贈られたことに由来しているわけですが、そういう政治権力の決定を栄誉としてありがたがっているのは、仏法者としてまことに筋違いのことです。しかも、「大聖人」というのは、大聖人自らが使われた呼び名であり、同時に仏の別号です。それを大菩薩と呼ぶのは「かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまわば国亡ぶべし」(種種御振舞御書)という大聖人の戒めに違背するものであり、大謗法という以外にありません。
(教学基礎教典 下 昭和63年 第37刷)
<独り言>
池田を初めとして、現在の創価学会が大謗法団体であるのは明白です。

 

お布施をするにもお金は必要

 投稿者:Long  投稿日:2013年12月21日(土)12時41分21秒
返信・引用
  携帯電話、スマートフォン、 パソコンの何れかとインターネット環境が有れば、
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愛してますモーニング娘

 投稿者:たった一人の人を幸せにする  投稿日:2013年12月17日(火)04時16分29秒
返信・引用 編集済
  http://youtu.be/Cz6DVlnEZ2c
What is LOVE?
つんくさんは、やはり偉大な人だったのだろうか?
つんくさんはインタビューでモーニング娘のメンバーは歌詞の深い意味をわかってるのだろうか?と言っていた。
しかし、心配は無用だ。歌っている彼女達こそが、この歌詞の深い意味をもっとも理解している。
私は歌を聴きながら、涙が出てきた。

●WHAT IS LOVE●

ボ-カル モーニング娘
作曲つんく
作詞つんく
歌詞
贅沢にキリがないことは
承知の上だけど
前後左右見栄張って
しまうのが常
勝利の女神はどなたに
微笑むでしょうか
勝利の女神は誰にも
平等でしょうか
怒ってるって
腹減るって
泣いてるって
笑えるって
熱くなって
興醒めて
生きるのって
忙しい
What do you want?
Is it necessary?
たった一人を
納得させられないで
世界中
口説けるの
たった一人
を不安にさせたままで
世界中
幸せにできるの
楽しそうな祭りがあれば
行ってみたいけれど
人が遊んでるうちに
働く勇気
勝利の女神はどなたに
微笑むでしょうか
勝利の女神は誰にも
平等でしょうか
キスをして
ジェラシーって
よそ見して
トラブって
愛し合って
疑って
生きるのって
ややこしい
What do you want?
Is it necessary?
たった一人の
ちょっとした正義感で
世界が
輝くよ
たった一人の
ポジティブなオーラから
世界が
ポジティブ連鎖する
What do you want?
Is it necessary?
たった一人を
納得させられないで
世界中
口説けるの
たった一人を
不安にさせたままで
世界中
幸せにできるの
 

「こらっ!茂木健一郎!」

 投稿者:天魔の野望  投稿日:2013年11月29日(金)12時51分40秒
返信・引用 編集済
  中央公論(2010年 4月)に於ける、 茂木との対談で池田は「…私の前に現れたのが、戸田会長でした。…決定的だったのは、戦争に反対して牢に入った人物であったということです。私は生涯の師匠と仰ぐことを誓いました」と述べている。
正直言って呆れた。
あれほど各方面、様々な人々が「牧口初代会長、戸田二代会長が戦争に反対した事実はない(少なくとも戦前から戦中にかけて)」と資料をもって証明したにも拘らず、いつの間にか、事実が歪められ、反対の事実を既成事実としてしまっている。
これは、正に、藤原行正氏が創価学会草創期に於いて、池田と共に活動する中で、何度も聞かされた「嘘も百編言えば真実に」を実践しているのだ。
(好意で)もっと正確に書けば、「自分の無知故に、戸田会長は戦争に反対して牢に入ったと勝手に思い込み、敗戦からくる反動でなんかやってみようという、軽い気持ちでついていこうと思った」とでもなろうか(苦笑)
そこには、信仰者が絶対者(絶対的真理)と向き合うことで強いられる内省は全くない。
「なんとか人前でいい格好したい」という、野放図の出世欲、俗物性があるだけだ。もっとも、池田は戸田先生と出会うことで、人生の転機を体験したのは本当だった。(本人へのインタビューでは、最初、小平教学部長に5時間も、締め上げられて、渋々入会した。「議論で負けたら入信する」と言った手前、形だけの入会だった。戸田会長との出会いは、入会したずっと後(溝口「権力者の構造」))結果的に、「成功者のチケット」を手に入れた。決して、溝口のいう、「遅く来すぎた青年」にはならなくて済んだ(笑)
普通老境に入れば、生きてきた中で得た知恵によって、「嘘は結局はばれて仇になる」ということがわかってくるものだ。結局、池田にとって、この「嘘も百編言えば真実に」という信念だけは、生涯貫き通すことになった。
茂木は「日本のメディアの中で、池田さんが長年指導されてきた「創価学会」、及び池田大作さん御本人の扱われように違和感を抱いていたという点にあります。…日本の中で大きな意味合いを持ってきた組織に向き合うことが「タブー」であるような状況はおかしい。…大切な対話が閉ざされている」と述べている。
「こらっ!茂木健一郎!」この男は自分の言っていることがわかっているのだろうか。

元副会長の故福島源次郎氏は遺書とも言える書において、池田大作の人格の最大の特徴として、
「異見を聞かない」にあるとしている。ところが「確信者」の堂々とした姿は、魅力的に映ったとしている。
つまり体裁を繕った池田流師弟論の本質は、対話拒否であり、全体主義的な「意見の押しつけ」にある。
人は誰しも、心の中で「人を信じたい」と思っており、それが生き甲斐ともなる。ただ厄介なのは、それに付け入る者も後を断たない。
「足の裏診断」ではないが、それを信じることで救われる人もいる。
ただし、そこには、宗教者として必須といえる、「疑い、迷い」の果てに出会う悔悟があるべきだ。宗教にある「聖的なもの」は、屢、徹底した自己否定の果てにある。
池田に自己否定を求めることは、悪い冗談に過ぎない。
茂木は対談で、「池田大作を理解することの重要性」と「対話の必要性」を牽強付会に結びつけている。だが、客観的に分析をせずに、理解しようとすることは却って危険な場合がある。

たとえば、第一次大戦で敗戦したドイツから、ヒットラーが台頭してきた当初、アメリカやヨーロッパの人々はその真の危険性を見抜けなかった。大国は目先の利害に目を眩ませ、「宥和主義」を採用し、アメリカは「孤立主義」を採用した。
また、ヒットラーの「異能ぶり」を「天才」と錯覚した人々も多かった。(現代においてすら、少なからぬ人々がヒットラーを高く評価している!)当時の人々(知識階級さえ!)は、「まず、ヒットラーの言い分も聞いてみよう!」と、ヒットラーを理解しようとした。
そんな中、映画家、チャップリンは、「独裁者」(1940年)を制作した。チャップリンの行動が、当時、いかに勇気があったものか、現代においてはわからない。

周りの人々に、「自分の人格の非常識」=「異能ぶり」を「知恵の発露」と錯覚させてきたのが池田だった。
もっとも、福島源次郎氏は、池田の「閃き」だけには、高い評価を与えている。
藤原行正氏は、草創時、ともに戦った森田理事長(当時)に直談判しに行ったことがあった。
狂乱財務(金集め)などのあり方に疑問を感じてのことだった。
森田氏は「創価学会は非常識でやってきたからこそ、発展した」と暗に池田のリーダーシップを称えたという。
福島氏は、池田には確かに、「異能」があったとしているし、藤原氏は池田を「勿怪(もっけ)」とある意味、称えている。
ところが、溝口氏は池田の才を「凡庸な人格にも拘らず、人々を錯覚させて、自分を過大評価させる」ところにある、としている。
これは鋭い分析で、思い当たる節が多いと思う人も多いのではないか。
池田対談で注目するべきは、対談に参加している幹部たちの高学歴ぶりだ。
つまり、創価学会に於ける、「実力主義」とは、池田大作のみに当てはまるということらしい。
そんなこと、あるわけねーだろ(爆笑)
そういえば、対談相手の茂木氏は東大の学部学院出身者で、かがやかしい学歴を誇っている。
まさに、「池田好み」の大物だ。

日蓮大聖人は、パイオニア(先駆者)だからこそ迫害された。そして、日蓮大聖人は自分の質素な出自を逆に利用した。泥中から咲く蓮華を仏性に喩えた法華経は、まさに日蓮大聖人のために用意されていたようなお経だった。
ただ気をつけたいのは、日蓮大聖人を迫害したのは、権力者達であって、師匠は決して憎んだり、迫害に加わったわけではない。むしろ、師匠が逃げ道を用意したり、弟子はその墓前で、師匠の恩を称えたりした。「反逆者!」「恩知らず!」など、弟子を憎み倒している池田は、権力者故だ。どこに、対等の立場にたった対話の精神があるのだろうか。

茂木は池田を教祖様かなにかと誤解しているようだが、池田にはそんな器量は最初から全くなかった。
弟子の道を歩むことこそが、池田流「師弟論」だ。つまり、師匠と対等に向き合う弟子の存在など認めることができない。弟子は永遠に、師匠に仕える従属的存在にしかすぎない。
ところが、一旦思考する努力を放棄してしまうと、結構、快適な充実感に浸っていきることができる。
「師の真実を伝える」という使命感が弟子の誇りとなる。

師匠の構想に悉く違背し、不知恩どころか、師敵対の道を歩んできた池田だが、今更のように、表面上強調するのは、「自分こそが戸田先生の構想を実現した」という、自負だ。まさに、末期症状的、分裂した精神構造だ。
戸田先生と出逢った池田は、「考えること」を放棄することができた。それが、「行動の人」池田の強みともなった。
思考を停止した「FOLLOWERES」(従者)の確信が池田を支えた。考える暇などなかったのだろう(笑)
創価学会に入会した途端、「池田門下生」=池田教に入信させられる実態は、思考を停止したロボットになることを意味している。もし、茂木が池田の人格に感銘して創価学会に入会するような事態になれば、そこでは対等に相互を敬う姿勢は失われ、妄信、盲従が強要されるだろう。
池田はかつて「創価学会に於いては、私の言うことは憲法となる」と発言したことがある。
また「組織に於いては全体主義が理想」(社長会)とも言った。そういう意味では、教祖様的ともいえる。
いずれも、組織のリーダー哲学という観点からは、一理ある。ただし、それらは池田創価学会が主張するような「人間らしい組織」とは対極にある哲学だ。池田の「人生学」とは、「口八丁手八丁」(社長会)で人を欺き、「対話」を通じて、一方的に臭い息をまき散らすことにあった。

溝口敦は「池田大作「権力者」の構造」の中で、池田こそが、宗教組織を徹底的に、且つ不当に悪用した張本人としている。決して、そこには、概して宗教家一般に見られるような自己犠牲を伴う気高さはなく、権力欲に絡めとられた「俗物性」があるのみとした。
例えば、創価学会が喧伝するトインビー対談だが、トインビーの孫娘夫妻は、池田と会ったときの感想を英国高級紙「ガーデアン」に載せ、その俗物ぶりに辟易したと述べた。
池田は「無冠の友」を称えることは得意でも、自身が無冠になることを異常なほど恐れているのではないか。それだけでも、偽物宗教家の証明とはいえまいか(微笑)、もっとも、どんな人も死を免れることはできない。つまり、無冠にならなくてはならない。勲章数200を事ある毎に自慢する今の池田大作に、その覚悟があるとは到底思えない。
池田は対談で、かつては、「御本仏」と信仰者の立場から日蓮大聖人を呼んでいたのに、「日蓮」と呼び捨てにしている。これは、現在の「創価仏法」のトレンドのようだが、あくまで「日蓮は歴史上の人物」としたいらしい。中学生用の教科書に従っているのだろうが、信仰を失った姿というのは間違いない。
池田は御本仏さえ超える「永遠の師」の称号を得て、得意なのだろうが、「師」は「師」でも、宗教詐欺師として、日本の歴史に記憶されることは間違いない。
転倒した形ではあるが、「歴史上の重要人物」として一応、記録されることにはなりそうだ(苦笑)
 

創価学会=公明党の永遠の指針

 投稿者:池田大作の友達  投稿日:2013年11月29日(金)12時37分37秒
返信・引用 編集済
  「御義口伝巻下・諫暁八幡抄 日蓮

涅槃経に云く「一切衆生異の苦を受くるは悉く是如来一人の苦なり」等云云、日蓮云く一切衆生の同一苦は悉く是日蓮一人の苦と申すべし」

×「一人のために」とは「一人のリーダー(師匠)(池田大作)のため
ではなくて、
◯「一人のため」とは、名もなき、ただ一人の悩める友のため
という意味です。

「庶民、民衆の苦を我がものにしていく」ことこそ、真のリーダーに求められることです。
「ノブレス・オブリージュ」とは古来からのヨーロッパのエリート貴族、とくにフランスに於けるリーダー養成の為の哲学でした。つまり、「特権には奉仕の義務が伴う」という意味です。そもそも「特権」を無条件に認めていいとは思いませんが、「権力者には特権とともに義務が伴うべきだ」と思います。さらに敷衍すれば、人間という存在には特権があるのは確かだが、同時に他の一切の生物に対しても奉仕の義務がある、ともいえると思います。リーダーこそ大衆に奉仕していくべき、ということです。
池田名誉会長が説くところの「リーダー哲学」にも相通ずるところがあります。
法華経が説くところの地湧之菩薩とは、地の底から群れをなして現れる「未来のリーダー達」を象徴しているようです。
菩薩の使命とは、たとえ我が身を犠牲にするとも、人を自分の肩にのせて運び、向こう岸、つまり彼岸である成仏に導くことにあります。
他人の不幸を我がことのように苦しみ嘆くことこそ菩薩の境界です。法華経ではその菩薩が仏をやがて超える存在として描かれています。「日蓮大聖人は仏を超えた菩薩」という表現は間違っているとは言えないのです。

諫暁八幡抄を日蓮大聖人の真蹟ではないと主張する人がいるようです。特に反日蓮正宗の人たちに多いようです。しかし、そこに説かれているのは、日蓮大聖人の本当の心のようにも思えます。仏教徒なら法華経寿量品に仏の真実の誓願が込められていると信じるべきです。すなわち、仏の誓願とは全ての人を成仏の境界に導くことにあるのです。
 

農民芸術概論綱要

 投稿者:宮沢賢治  投稿日:2013年11月28日(木)06時39分3秒
返信・引用 編集済
  序論

……われらはいっしょにこれから何を論ずるか……

おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
●世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である

農民芸術の興隆

……何故われらの芸術がいま起らねばならないか……

曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた
そこには芸術も宗教もあった
いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである
宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い
芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した
いま宗教家芸術家とは真善若くは美を独占し販るものである
われらに購ふべき力もなく 又さるものを必要とせぬ
いまやわれらは新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ
芸術をもてあの灰色の労働を燃せ
ここにはわれら不断の潔く楽しい創造がある
都人よ 来ってわれらに交れ 世界よ 他意なきわれらを容れよ

農民芸術の本質

……何がわれらの芸術の心臓をなすものであるか……

もとより農民芸術も美を本質とするであらう
われらは新たな美を創る 美学は絶えず移動する
「美」の語さへ滅するまでに それは果なく拡がるであらう
岐路と邪路とをわれらは警めねばならぬ
農民芸術とは宇宙感情の 地 人 個性と通ずる具体的なる表現である
そは直観と情緒との内経験を素材としたる無意識或は有意の創造である
そは常に実生活を肯定しこれを一層深化し高くせんとする
そは人生と自然とを不断の芸術写真とし尽くることなき詩歌とし
巨大な演劇舞踊として観照享受することを教へる
そは人々の精神を交通せしめ その感情を社会化し遂に一切を究竟地にまで導かんとする
かくてわれらの芸術は新興文化の基礎である

農民芸術の分野

……どんな工合にそれが分類され得るか……

声に曲調節奏あれば声楽をなし 音が然れば器楽をなす
語まことの表現あれば散文をなし 節奏あれば詩歌となる
行動まことの表情あれば演劇をなし 節奏あれば舞踊となる
光象写機に表現すれば静と動との 芸術写真をつくる
光象手描を成ずれば絵画を作り 塑材によれば彫刻となる
複合により劇と歌劇と 有声活動写真をつくる
準志は多く香味と触を伴へり
声語準志に基けば 演説 論文 教説をなす
光象生活準志によりて 建築及衣服をなす
光象各異の準志によりて 諸多の工芸美術をつくる
光象生産準志に合し 園芸営林土地設計を産む
香味光触生活準志に表現あれば 料理と生産とを生ず
行動準志と結合すれば 労働競技体操となる

農民芸術の(諸)主義

……それらのなかにどんな主張が可能であるか……

芸術のための芸術は少年期に現はれ青年期後に潜在する
人生のための芸術は青年期にあり 成年以後に潜在する
芸術としての人生は老年期中に完成する
その遷移にはその深さと個性が関係する
リアリズムとロマンティシズムは個性に関して併存する
形式主義は正態により標題主義は続感度による
四次感覚は静芸術に流動を容る
神秘主義は絶えず新たに起るであらう
表現法のいかなる主張も個性の限り可能である

農民芸術の製作

……いかに着手しいかに進んで行ったらいいか……

世界に対する大なる希願をまづ起せ
強く正しく生活せよ 苦難を避けず直進せよ
感受の後に模倣理想化冷く鋭き解析と熱あり力ある綜合と
諸作無意識中に潜入するほど美的の深と創造力はかはる
機により興会し胚胎すれば製作心象中にあり
練意了って表現し 定案成れば完成せらる
無意識即から溢れるものでなければ多く無力か詐偽である
髪を長くしコーヒーを呑み空虚に待てる顔つきを見よ
なべての悩みをたきぎと燃やし なべての心を心とせよ
風とゆききし 雲からエネルギーをとれ

農民芸術の産者

……われらのなかで芸術家とはどういふことを意味するか……

職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である
創作自ら湧き起り止むなきときは行為は自づと集中される
そのとき恐らく人々はその生活を保証するだらう
創作止めば彼はふたたび土に起つ
ここには多くの解放された天才がある
個性の異る幾億の天才も併び立つべく斯て地面も天となる

農民芸術の批評

……正しい評価や鑑賞はまづいかにしてなされるか……

批評は当然社会意識以上に於てなさねばならぬ
誤まれる批評は自らの内芸術で他の外芸術を律するに因る
産者は不断に内的批評を有たねばならぬ
批評の立場に破壊的創造的及観照的の三がある
破壊的批評は産者を奮ひ起たしめる
創造的批評は産者を暗示し指導する
創造的批評家には産者に均しい資格が要る
観照的批評は完成された芸術に対して行はれる
批評に対する産者は同じく社会意識以上を以て応へねばならぬ
斯ても生ずる争論ならばそは新なる建設に至る

農民芸術の綜合

……おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげようでないか……

まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう
しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きてゐる
ここは銀河の空間の太陽日本 陸中国の野原である
青い松並 萱の花 古いみちのくの断片を保て
『つめくさ灯ともす宵のひろば たがひのラルゴをうたひかはし
雲をもどよもし夜風にわすれて とりいれまぢかに歳よ熟れぬ』
詞は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画
われらに理解ある観衆があり われらにひとりの恋人がある
巨きな人生劇場は時間の軸を移動して不滅の四次の芸術をなす
おお朋だちよ 君は行くべく やがてはすべて行くであらう

結論

……われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である……

われらの前途は輝きながら嶮峻である
嶮峻のその度ごとに四次芸術は巨大と深さとを加へる
詩人は苦痛をも享楽する
永久の未完成これ完成である

理解を了へばわれらは斯る論をも棄つる
畢竟ここには宮沢賢治一九二六年のその考があるのみである
 

「雨ニモマケズ」

 投稿者:宮沢賢治  投稿日:2013年11月28日(木)06時33分18秒
返信・引用
  原文)
「雨ニモマケズ」
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
 

公明党の記念日は「軍国」と「中国」

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 9月24日(火)09時04分53秒
返信・引用
  公明党の記念日は「軍国」と「中国」

http://park.geocities.jp/j_con4/0204/p046.html#page303

公明党の記念日は、「軍国」と「中国共産党」を示すものが多い。

ある意味では、当然の結末。

(仮説を含む)

( http://park.geocities.jp/j_con4/0104/p043.html )
 

「蒼国来」は「倉庫暗い」か?

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 7月10日(水)06時33分8秒
返信・引用
  「蒼国来」は「倉庫暗い」か?

http://park.geocities.jp/jpcdebate/0203/p038.html#page265
http://book.geocities.jp/conspiracycalendar/02/d/01/0109.html
http://book.geocities.jp/conspiracycalendar/02/d/11/1113.html

中国出身の力士蒼国来(そうこくらい)は、
誕生日が古代ローマの軍人ファビウスにちなんでいる。
だが、このファビウスは自国に火を放った焦土作戦を敢行した軍人。
中国にもかつて焦土作戦を敢行した蒋介石がいた。
しかし、この焦土作戦は、岸信介と吉田茂と蒋介石の陰謀だった。
( http://park.geocities.jp/j_con4/0104/p048.html )
 

いま原子力発電は必要だ

 投稿者: 暇人  投稿日:2012年12月25日(火)03時45分1秒
返信・引用 編集済
  地球には地球自体に備わる調整能力が働いています
しかし、地球温暖化が切迫した状況にあります。もう待ったなしなのです。ただし、今気づいて対策をすれば間に合うかもしれないのです。

ホメオスターシス(恒常性機能)は人間がもつ最も不思議で優れた機能です。
先にノーベル賞を受賞した山中博士は人間生命に具わる生命の力にただ驚くばかりだと語っています。そしてその生命の神秘の謎はほんの少し明らかにされただけなのです。
HIVウイルスで引き起こされるAIDSですが、その仕組みには驚くべきものがあります。皮肉としか表現できません。
すなわち、hivウイルスが直接病気を起こすのではなく、ウイルスの感染によって抵抗力が弱まり、普通なら感染しても病気にならないような病気に感染して、特殊なガンや肺炎を発症して死に至るのです。
地球のホメオスターシスも同様です。地球の自然には確かに優れた調整機能があります。しかし、その調整能力そのものが壊れようとしているのです。ひとたび、その能力が崩れるともう手の施しようがなくなってしまうのです。
たとえば、自然に起こる山火事の多くは、自然の再生のために必要なもので、灰の下には若い芽があり、動物や鳥も上手い隠れ家をもっています。人工的に起こす『山焼き』なども自然がもつ再生能力を利用したものです。
ところが、人間と同様に自然にも再生が不能になってしまう「臨界点」があるのです。
人間もこの臨界点を超してしまうと、もう逆戻りできずに死を待つのみです。
地球の自然環境もその臨界点に近づきつつあるというのが多くの科学者の一致した意見です。
ただし「今ならぎりぎり間に合うかもしれない」そうです。

地球には寿命というものがあるのでしょうか?太陽に寿命があるのでしょうか?銀河系は?さらに宇宙には寿命があるのでしょうか?
人間誰しも必ず死ぬ存在ですが、大部分の人はあまりに恐ろしくて、考えたくないものです。同様に「地球や宇宙に終わりがある」というのは恐ろしい考えです。しかし終わりがあるのです。ただし地球に関していえば、死ぬにしてはあまりに若すぎるのです。
2012年は科学史にとって画期的な年になりました。もちろん山中教授が発見開発したiPS細胞がその筆頭に挙げられますが、もう一つ、何十年も前にその存在が予想されていた「神の素粒子」と呼ばれるヒックス素粒子の存在が証明されました。これは幽霊の存在が科学的に証明されたようなもので具体的形によって証明されたわけではありません。
この偉大な発見の凄いところは今までビックバンと宇宙の創世があくまで物語だったのですが、それが具体的に証明されてしまったということです。これによってあらゆる宗教の世界観が根底から崩れてしまったと言い切っていいでしょう。さらに「宇宙に始まりがあった」と証明されたなら「宇宙に終わりがる」ということも証明されたということです。まさに、人間の科学は禁断の地に足を踏み入れ、神や仏と肩を並べようとしています。いつに日か、人類は本当の「未知の生物」を実験室で作り上げてしまうかもしれません。もしそんなことが起きれば、私の想像ですが本当の人類の終焉がすぐに訪れるでしょう。なぜなら、実験室で作られた生物の脅威はガンとは比較にならない勢いで他の生物を浸食する恐れがあるからです。
話がだいぶ逸れましたが、要するに「地球の死」は遅かれ早かれ確実に起こるが、あまりに早すぎる死はあまり惨すぎるということです。人間、生物、自然の自己再生能力は確かに侮れませんが、あるきっかけで傷ついてしまえば、修復不能になることもあるということです。
現在の地球環境の危機もぎりぎりの臨界点なのです。
この宇宙には銀河系だけでも無数にあるそうです。数は忘れました。その銀河系の中でも太陽みたいな恒星が無数にあり、生物が住めるような惑星も無数にあるそうです。しかし、そうした天文学的数値によっても、地球のような環境で高度な文明をもつ生物がたまたま存在する確率は殆どゼロに近いそうです。つまり、従来、スタートレックで描かれているようにこの宇宙にはエイリアンがうじゃうじゃいるというのは間違いで、人類がこの広い宇宙でたまたま存在しているだけ、という可能性が高いということです。
こんな奇跡みたいな存在を法華経寿量品は描いているのですから、誰が書いたものにしても、その洞察力には驚嘆するしかありません。
そういう地球が今、死にかけているのです。本来ならもっと寿命が長いはずなのにです。寿命を短くさせている犯人が人類であることは漸く、科学界の常識となりました。
原子力発電をなんの用心もなく進めろとは言ってないのです。ただ、優先順位をつけて、何から始めるべきか考えましょう、と言ってるのです。
やはり、まずは二酸化炭素、温室ガスの削減であり、地球温暖化を少しでも食い止めるべきなのです。
 

(無題)

 投稿者:野次馬  投稿日:2012年11月24日(土)14時17分6秒
返信・引用 編集済
  踊りは上手いようです
もう池田先生の踊りが見られないのは寂しい気がします。
 

創価学会謗法の原点 昭和五十二年路線

 投稿者:野次馬  投稿日:2012年11月22日(木)15時42分22秒
返信・引用 編集済
 
昭和五十二年一月元旦勤行会 池田先生の挨拶
「どうぞ、御楽になってください。今日のこの儀式は、実は日本全国約五十万人以上の人が聞き、また見ておるわけでございます。
  私は、創価学会員が大切でならないのであります。また、かわいくてならないのであります。何故ならば短期間の間に日蓮大聖人の御遺命をこのように全世界に広宣流布し、これは有史以来のことです。大変な偉業なのであります。その福運も計り知れない。
今日は是非このことを申し上げたいと思っております。それは創価学会の信心が日蓮大聖人のご精神に直結した信心で、その信心の血脈を受けた皆さんは、絶対に最高の、世界最高、宇宙最高の功徳を受けられる。そういうことを声を大にして宣言しておきたいのであります。何故か。その理由は三つございます。
  第一番目に、日蓮大聖人の御書の通りに実践しておるのが創価学会でございます。いな創価学会しかない!もはや御本尊は全部同じです。その御本尊を根本として広宣流布のために日夜活動している。法戦を展開している。御書の中に、真実の中に法華経を広め広宣流布に向かっていくならば必ず三障四魔がある。三類の強敵がある。猶多怨嫉(ゆたおんしつ)がある、と明言されております。創価学会しか猶多怨嫉はありません。故に成仏しないわけはありません。大功徳が湧かないわけはない。
  尚、第二番目には、物の布施という次元から言うならば、創価学会は、初めは貧乏人と病人の集まりとの、全世界から全世間から中傷批判、軽蔑された。しかし、私共地湧の菩薩は敢然として、まず大聖人の御遺命である正本堂を建立しました。誰がしましたか途中で。創価学会がしたんです。私がしたんです。そうでしょう?大聖人はお喜びでしょう。御本尊様は最大に創価学会を賛美することはまちがいない。
  寺院というものは、葬式それから結婚式それから御授戒儀式の場なんです。儀式の場です。勘違いしちゃいけません。われわれは広宣流布だ。大聖人の遺命は広宣流布なんです。そうでしょう。簡単なんです。そこは…唯、儀式、われわれは実質の人間革命社会を改革する。さらには広宣流布の御本尊を流布する。そういう重大な次元の役目が、御本仏日蓮大聖人から直結しております。
  したがって、信心の血脈こそ大事なんです。われわれの次元に於いてはそれでいいんです。生死一大事血脈抄、その他の御書を拝読すれば全部それは明快である。形式は必要ない。尚、正本堂を建立し、本山に於いては、大坊も創価学会の寄進です。大講堂もそうです。大客殿もそうです。大化城もそうです。総坊もそうです。五重塔、御影堂、三門も全部修復したのは私です。創価学会であります。坊もいくつも造っている。何百という寺院もつくりました。昔は二カ寺つくると大講頭。したがって、御書の通り物の布施に於いても、これ又、大聖人様の御身の智に感応したが故に賞賛され、絶対の信頼がある故に、これだけの折伏ができた。又出来る。
  みなさん功徳をいただいていますね?(ハイッ!)まだまだ今までの何千倍、何万倍、何億倍も受ける資格がある。受けられる土壌がある。これが創価学会の信心なんです。だから、創価学会の信心には、世界一、宇宙第一の功徳があるんだ。この私は宣言します。いいですか!あるんですよ。その創価学会を馬鹿にしたり、又は中傷批判した場合には仏罰があります。全部地獄へいきます。」
 

昔の学会指導

 投稿者:平気でウソをつける善人  投稿日:2012年11月22日(木)14時57分36秒
返信・引用 編集済
 

http://youtube.com

 

あまりに政治化したSGIは世界宗教になれない

 投稿者:平気でウソをつける善人  投稿日:2012年 9月 4日(火)02時44分29秒
返信・引用
  SGI(創価学会インターナショナル)に、出家者はいません。
それは仏教ではないでしょ。
まずは、「自分たちのやってることは仏教ではない」と宣言するべきでしょう。
そうすれば、SGIに対するか風当たりもよくなると思います。
ところで、現在、もっとも信者数が増えている宗教はなんだと思いますか?
イスラム教だそうです。
素人目には、イスラム教といえば、「女性差別」「一夫多妻」「テロリスト」
という言葉が浮かんでくるのですが、実際は違うようです。イスラム教は宗教としての魅力に溢れているということです。また、キリスト教が必ずしも「愛の宗教」ではないことは、今更言及するまでもないでしょ。その教勢は衰えつつあります。ユダヤ教が民族宗教という事実は変わらないでしょう。

実際の殆どのイスラム教徒は平和指向で、女性の地位を尊重しているそうです。
「反テロリズム」は「脱イスラム」とはなっていません。
ところで、NHKWORLDで面白いニュース特集がありました。
現在、イランの女性の間でブームになっているのに「忍者トレーニング」があるそうです。
忍者は頭から足まで黒装束ですが、それがイスラム女性の装束と同じだからという理由だそうです。
文化ってわからないものですね。彼女たちは堂々と自分たちがイスラム教徒であることを宣言しています。

また、海外では、四国の88カ寺巡礼も静かなブームになっているそうです。
キーワードは『おもてなし』だそうです。海外の「日本仏教徒」も拡大しつつあります。
無論、宗教的な「自分を見詰め直す」とか「難行苦行」というのも、魅力となっているようです。
つまり、「週末出家」という言葉に象徴されるように、大衆の欲求は「どこかで俗世間から離れ、聖的なものを求めたい」というものがまだあるのです。それは「伊勢参拝」をもちだすまでもなく、今後変わらないでしょう。

一方、創価学会が今後(特に池田没後)、宗教に不可欠な「聖」を供給できるのか、疑問です。

選挙運動をしない創価学会員がいる事実に、ある意味ほっとするのですが(苦笑)
一般の学会員は選挙運動と学会活動を切り離すことは不可能です。つまり、普通の学会員は「俗世間にどっぷり浸かっている」という事実があります。これは「聖の世界」とは関係のないことですよ。

大乗仏教の法華経は諸経の王と呼ばれ、宗教文学として高く評価されてきました。
その中心にある思想は、在家大乗菩薩の活躍と出家(声聞、縁覚)の存在意義の融合昇華にあります。
在家とも出家ともいえない地湧之菩薩の活躍は、創価学会員の活躍をみるようでもあります。(ほめ過ぎか(苦笑))
創価学会の存在に全く意義がなかった、とはいいません。私は、宗門と協力関係にあった創価学会に意味があったと思っています。
法華経以前の大乗経典では、出家者(声聞)を軽蔑する一方的調子だったのが法華経で一転しているのが面白いと思います。
菩薩の活躍で仏舎利の塔(ストューパ)を守る運動が大乗仏教寺院の淵源になったという説は説得力があります。

要するに、やがて100億人の人口に達するであろう人類。
先進国に於ける人口減少。多様化、複雑化しながらも、結びつきが強くなる人類社会。
宇宙船地球号という言葉に象徴されるように、人類、否、あらゆる地球生物は互いに支え合う以外に、生き残る道はのこされていません。多元で多様な国際社会はあたりまえの存在として受け入れていくしかないのです。
そういう背景を考えれば、一つの宗教の正しさを前提とする「広宣流布の道」はそんなに単純ではないということです。
聖職者もいない。仏教の伝統とも関係ない、なにより、あまりに世俗化、政治化したSGIが世界宗教になれる道理はないでしょ。
一方、現在の世界的流れとして、世俗主義、すなわち「脱宗教」があるのは確かで、「いかなる宗教に属しているか」によって、人を差別、まして軽蔑し、暴力によって封じ込めるというのは間違いとされていくでしょう。互いの違う立場を尊重していくしかありません。「立場が違えばモノの見方も変わる」ということです。

もっとも、世俗主義が主流となって、「脱宗教」が社会の主流になっていくのは間違いありませんが、人びとが「聖」的場所、人を求めるという傾向もなくならないでしょう。米国では、カトリック教会の閉鎖が相次ぎ、教会に出席する人の数が減っているそうです。しかし、キリスト教関連書籍は増え、キリスト教関連事業は増えています。
「世俗主義」は必ずしも、宗教的なもの、さらに言えば、「聖」を完全否定することにはなっていないのです。
  先の東日本大震災では、近年ではみられなかった数の葬式が一度に行われました。そこで多くの人びとが選択したのは、「せめて葬式は仏教で」でした。「日本があぶない!」となると、人びとは改めて、「日本人とはなにか」を考え、自分たちのアデンティーを見詰め直したのです。
  そういえば、先の敗戦の結果、多くの人びとがA級戦犯やB級戦犯として裁かれ、死刑にされました。
そこで「あなたの宗教は?」と問われ、圧倒的人が「仏教」としていました。つまり、たとえ戦犯としても、日本人としてのIDは仏教徒だったのです。つまり、いかなる立場であろうと、仏教こそが日本人にとって、「聖」を提供し続けたということです。日本人にとって、神道より仏教が民族宗教として確立されていたのです。徳川幕府がつくった檀家制度の勝利といえるかもしれません(苦笑)

SGIは、「聖」的場所や人を供給できますか?
池田先生は聖人のふりをするのは上手くても、聖人でないことは、今や世界が知るところとなりました(爆笑)
池田の唱える「師弟の道」は聖の世界とは関係のないものです。そもそも、誰が後継者となるのでしょうか?

(ある創価大学出身の大幹部が御書講義で「池田先生と同じ時代に生まれ、広宣流布できることは誇りであり、大功徳」と言っていたのが印象に残っています)

SGIは, とくに池田亡きあと、「聖」を供給できますか?池田が死んだ後、池田廟とか池田陵を建設して『聖地』を作りますか?あるアメリカSGIの幹部が40代の若さでガンに冒されて、治療のかいなく逝ってしいました。
彼の遺言が「来世でまた池田先生の弟子になりたい」と言っていたのが印象に残っています。悲惨すぎます。

池田の死後、誰が「先生」となるのですか?後継者を育てられなかった池田先生は金正日にもおよびませんでした。
大御本尊の悪口をどんなに言おうとも、「代わり」を供給できないSGIに未来はありません(涙)
 

善知識があればこそ

 投稿者:平気でウソをつける善人  投稿日:2012年 9月 3日(月)04時49分15秒
返信・引用
  一切衆生悉有仏において、日蓮大聖人が説くとこの善知識の必要性はどう解釈すればいいのでしょうか。
日蓮大聖人は成仏の要因として、三因仏性を挙げています。
要するに、主因として自分の中に仏性があるだけでは駄目で、善因縁と知恵に従ってこそ仏性が具体的に顕現されるということです。
『三世諸仏総勘文教相廃立
三因仏性は有りと雖も善知識の縁に値はざれば、悟らず知らず顕はれず」
とあります。さらに同じ御書に
「五行とは地水火風空なり(中略)是則ち妙法蓮華経の五字なり。此の五字を以て人身の体を造るなり。本有常住なり、本覚の如来なり」とあります。さらに注目するべきは同御書に
「釈迦如来五百塵点劫の当初(そのかみ)、凡夫にて御坐(おわ)せし時、我が身は地水火風空なりと知ろしめして即座に悟りを開きたまひき」
つまり、私たちは元々仏だったということです。
「阿仏房御書   文永一二年三月一三日 五四歳
末法に入って法華経を持つ男女なんにょのすがたより外には宝塔なきなり。若し然れば貴賎上下をえらばず、南無妙法蓮華経ととなふるものは、我が身宝塔にして、我が身又多宝如来なり。妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。法華経の題目宝塔なり、宝塔又南無妙法蓮華経なり。今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり、此の五大は題目の五字なり。」
という有名な御金言があるから、「衆生は皆、仏」と誤解してしまうのでしょう。
当たり前のこととして、三因仏性という道理にそって、仏が世に現れ、衆生を成仏に導くのです。さもなければ
「一大因縁」故に仏が世に降誕し、『法』をとく意味がなくなってしまいます。
やはり、正しい因縁があってこそ、成仏はかなえられるのです。仏が鶏で衆生が卵です。卵があって鶏があるともいえそうですが、実際の世界では、やはり鶏=親=仏があってこそ、卵=子供=衆生が生まれるのではないでしょうか。
たとえて言えば、結核菌に感染しても発病することは殆どありませんが、免疫力が弱まり、悪い環境にあれば、死に至可能性もあります。例えが悪かったかもしれませんが、仏の教えを結核菌に例えてみました。
ところで、池田先生の指導を眺めていたら、「衆生はそのままで仏」(要するに善因縁としての大御本尊を否定する目的ではないでしょうか)とか、福島元副会長によって厳しく破折されたところの「周りに遍満する法に冥合する」などという謬見を何度も目にしました。
やはり正しく御書を読む必要があると思いました。

 

信心と『犬を飼うための心がけ」に共通するもの

 投稿者:平気でウソをつける善人  投稿日:2012年 8月 4日(土)11時15分59秒
返信・引用 編集済
  アメリカ創価学会では、朝夕の勤行の後、SGIUSA(NSA)版『DAILY GUIDANCE』(日々の指針)を朗読してました。現在もその慣行が実行されているかはわかりません。それは池田の指導を切り取ってダイジェスト版にしたもので、一工夫されたものです。『池田箴言集』みたいなものです。
それなりに効用がありました。

勤行が長いといっても、普通にやれば必ず40分以内で終わるものです。
馴れてくれば、20分くらいで終わります。
創価学会員の多くが10分、ひどい場合、5分ですませてました。
確かに、あれでは『荒行』ともいえるもので、やらない方がマシだったかもしれません。
私はあの創価学会員の滅茶苦茶な勤行が大嫌いでした。

池田は戦時中の日蓮正宗を邪宗門と決めつけたことがあります。
あれには驚きました。
つまり、戦時中の段階で、日蓮正宗の信心の血脈は切れていた、というのです。
それなら、戸田会長が75万世帯を誓願し、それを達成し、
池田会長が正本堂を誓願し、三百億円もの資金を厚め、それを建立したのはなんのためだったのでしょうか。
過去の歴史を批判することは、同じ過ちを繰り返さないためにも必要不可欠です。
しかし、いくら体の垢を落とす為に洗ったとしても、皮膚を削り、怪我をしてもいいものでしょうか。
物事にはなんでも『ほどほど』というものがあるべきでしょう。

例えば、子供は自分の親だからこそ、その欠点を他人よりよくわかるものです。
逆に自分の子供だからこそ、かえって欠点がよくわかってしまいます。
親が子供に言われて、もっとも傷つくのは『なんで生んだ』や『生まれてこなきゃよかった』です。
子供は最後の切り札でこの言葉を使い、逆に親も最後の切り札で『お前なんか生まれなきゃよかった』
です。親子の争いほど間違ったことはありません。

イジメで自殺の練習をさせられ、実際に自殺した子供がいました。
痛ましいことです。
イジメで最もひどい言葉は、『お前なんか死ねばいい』です。
実は、私は『イジメ対象』になった子供でした。いまも。その言葉を思い出すたびに、胸が締めつけられるような、
涙が溢れるような気持ちになります。
『過去の存在を消す』ことほど残酷なことはないのです。
池田大作が小説人間革命で歴史を歪曲し、大量の名無しを作りあげるだけではなく、存在すら消すことほど残酷なことはないのです。『小説人間革命』は犯罪と断ずべきでしょう。

犬を飼うための心がけ
1 ずっと面倒をみること
映画「犬と私の10の約束」予告編
http://www.youtube.com/watch?v=5oecaFc3f00
多くの人に観てほしい作品です。
ある人が仰っていたような気がしますが、『一度始めたら最後までやり通すこと』は
大事な事です。
『どんな面倒くさいこと』でも、ムダに思えるようなことでもやっていく、これも人間として大事なことです。
戸田先生は朝夕の勤行を剣豪の修行に例えて指導したことがあります。
すなわち、毎日修行するからこそ、心も鍛えられていくもの、ということです。
尤も、なんでもやればいいというものではなく、池田大作流怠行では最初からしない方がマシということです。

黒沢昭監督作品『隠し砦の三悪人』の名シーンで、今まで敵方として戦っていた侍大将が
『裏切りご免!』と寝返る場面は痛快です。
最近ではウイキーリークの内部告発や中国漁船による衝突に関連した、ビデオテープの公開なども
一種の裏切り行為でしょう。しかし、拍手喝采する人も少なくありませんでした。
つまり、正義などというのは相対的なもので、どういう立場でものを見るかによって変わってくるものです。
しかし、どんな屁理屈をもってしても、勤行をやめてしまうことに正義はありませんでした。
すべては創価学会によるニセ本尊作成の結果です。

日蓮大聖人は一人立って仏法正義を訴えました。
戸田先生も一人立って正義を訴えました。
どちらも、一人立ちましたが、やがて二人が三人になり、やがて万人になって、自分の正義は証明されると確信していました。そして、その通りになりました。
池田が率いる創価学会が怪しいのは、北條会長が月刊ペン編集長の隈部氏に『巨像(創価学会)はアリ(隈部)でも全力で踏み潰す』と言った言葉に象徴されるように、正義を曲げ、他人を暴力的ともいえる方法でねじ伏せようとしたからです。

創価学会に正義があるかどうかを検討するよりも、その暴力的やり方に世間の人びとは拒絶反応を示してしまうのです。暴力によって達成される正義などありません。
最近出版された著書で、矢野元公明党委員長はその体質を厳しく批判しています。
公明党元国会議員や竹入に続く、公明党の元中枢中の中枢幹部からの批判を無視するべきではありません。
創価学会が21世紀に生き残っていくためには、もっと正々堂々とし、
しっかりとその社会的責任を自覚するべきなのです。
 

創価学会員の永遠の指針

 投稿者:平気でウソをつける善人  投稿日:2012年 7月30日(月)03時47分2秒
返信・引用 編集済
  なんといっても、御本山に登り、親しく大御本尊様を拝まなくては、本物の信心にはなれない」
(戸田城聖全集)

「普通の人が御本仏」などと言ってる人がいます。「普通の人」って、誰でしょう?
「悟ったかように見える普通の人」を拝んで、供養をとどけろと(苦笑)
どこかの宗教家がやってることですね(苦笑)
日蓮大聖人は仏と凡夫は全く同じといってるでしょうか?  無論、否です。
一生成仏抄に有名な御文がありますよね。
「衆生と云うも仏と云うも亦此くの如し迷う時は衆生と名け悟る時をば仏と名けたり」
とあります。ここに於いては、衆生とは凡夫のことです。
不軽菩薩が迫害されながらも、全ての人を敬ったのは「一切の衆生に仏性があるからです」
有名な「四条金吾殿御返事(崇峻天皇御書)
一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈
尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ」
とあります。
不軽菩薩とは、釈尊の別形で、仏様です。再往、日蓮大聖人のことです。
これは、無論、喩え話です。
つまり、「普通の人」を凡夫とし、再往を衆生と解釈するなら、衆生は迷いの境界です。しかし、悟る可能性があるとしているのです。
すべての子供がなんで大事かといえば、中には連続殺人犯やテロリストもいるかもしれないけれども、同時にノーベル賞を取り、ガンの特効薬を発見する子供がいるかもしれないからです。もちろん、普通の主婦も立派だし、普通のサラリーマンだって立派ですよ(微笑)
子供が子供のままで尊いなら、永遠に成長しない子供が尊いのでしょうか?ありえませんよね。

創価学会教学の根本的誤解はそこにあるのです!
人間主義だのルネサンスといった、「人間そのもの」が問答無用で尊い、という間違った考え方に到達してしまったのです。

梅原猛氏を東浩紀が訪ね、インタビューするテレビ番組の話題を出します。
梅原猛氏はトインビー氏がキリスト教を中心とした西洋文明に絶望していたことを知ります。
トインビーが西洋文明に絶望したのは、そこに「人間中心主義」があり、そこに弱者に対する征服と破壊の文明の象徴をみたからです。トインビーは、調和を重んじる東洋文明に解答を求めて日本までやって来たのですが、明らかに会う人選を少々間違いました。

結局、トインビーは誤解したままこの世を去ってしまいました。
トインビーが期待したのは、東洋思想、それも日本文明ともいえる、自然との共存共栄であり、弱者への思いやりを忘れない『和』の世界でした。
それは生命の尊厳を訴える文明でした。第三の道を期待していたのです。梅原氏は能の白楽天を引用していました。
能の白楽天(大詩人)は「日本では生きてるものは皆和歌を詠む」とわかって、「唐」に逃げるように帰っていきます。
梅原氏は日蓮大聖人の御書を読んだことはあるのでしょうか?
日蓮大聖人の思想は、人間に限らず、草木全ての存在に仏性があるとしています。

梅原猛氏は宮沢賢治の「いちょうの実」を引用していました。
宮沢賢治は法華経の世界から強い影響を受け、題目を唱えていました。日蓮宗でしたが。
ということは、梅原猛氏は日蓮大聖人の教えを知っていたかもしれません。
池田大作と梅原氏の対談が実現していれば、それなりに面白いものになっていたかもしれません。
 

(無題)

 投稿者:うそつき  投稿日:2012年 7月 4日(水)10時59分41秒
返信・引用 編集済
  戸田先生が宗門僧侶を誹謗したのは事実です。
創価学会が発行した「××ルネサンス」などには、宗門僧侶のスキャンダルが書きたてられています。
宗門僧侶の堕落ぶりは、仏教史上類を見ないものと言わんばかりです。法華講員が採用するのは1 創価学会がでっち上げている。 2 針小棒大に事実を歪曲している
の二通りです。または、1 創価学会よりまし 2 少なくとも真性の御本尊だから、「御本尊対自分」で信心をする
というものがあります。
そもそも、日本の仏教界は伝統的に欧米のカトリック教会に勝るとも劣らぬスキャンダルに満ちてきました。
また、他宗のことですが、檀家が住職に先祖の墓を移したいと言ったところ、数百万円を請求されたり、「成仏しない」という殺し文句を言われたとか実際にあります。
それを「針小棒大」と片付けていいものでしょうか。
一事が万事というのも真理のように思います。
そこで正宗の僧侶ですが、そうした日本仏教界に流れるスキャンダルに全く無縁とはいえないのは当然でしょう。
「僧侶もしょせん人間」といった日蓮正宗僧侶がいましたが、全く口実にならないでしょ。
カットリック教会のスキャンダルにはあえて言及しませんが、
カトリックの僧侶の中には、コルベ神父など有名な神父をはじめ、偉大としか表現できない聖職者が近現代になっても多くいます。
自殺を試みた人を身を挺して救った、あるカトリック神父は「キリストを信じる自分がキリストと同じ道を歩もうとするのは当然」と言い放ちました。マザーテレサの悪口をいった人には一人も出逢ったことはありません。


自分を振り返っても、特に親を思うとき、自分の不孝ぶりが悔やまれてなりません。欠点だらけの自分を思うとき、穴があれば入りたい気持ちにさえなります。他人に無謬性を求めるのは間違っています。同様に、宗教家や宗教団体に道徳的完璧性を求めるべきではないでしょ。

そう考えていけば、所詮、「御本尊対自分」で信心をしていく以外に答えはないようです。
どこまで他人(歴史的人物も含めて)に対して寛容になり、自分に厳しくなれるかを考えていくしかないのではないでしょうか。
私はそういう意味で、「公明党応援の選挙運動をしない学会員」の「日蓮大聖人御図顕の本門の御本尊に南無するのみ」という考え方に共感できないこともないのです。教義上の裏付けがなく、デタラメとは思います。
私の知り合いには、「隠れ法華講員」の創価学会員ー大御本尊への信仰心がある や逆に『隠れ創価学会員』ー所詮、在家、特に創価学会員が広宣流布してきた事実を認めるしかない と主張する法華講員がいます。
それはしかたがないのではないでしょうか。

いずれにしても、もし、本気で宗教活動をしていきたいのなら、それなりに経済力が必要なのも確かです。
「貧乏でも尊い信者」と思われるというのは幻想にすぎません。
そもそも、本当に正しい宗教なら、脱会したり脱講することで「罰」が下るはずもありません。
経済的に貢献できないなら、脱会することや脱講することを本気で考えるべきでしょう。
「罰」を恐れるべきではありません。
もっとも、もしそうなら、宗教の罰とは「行きはよいよい帰りは恐い」となって、二日酔いと変わらなくなってしまいます。最初から宗教など始めない方がましとなってしまいます。信者に罪悪感を感じさせる宗教はそれだけで邪教の証明となるでしょう。
日蓮大聖人はただ一遍でも題目を唱える福徳は無量だと書き残しています。
どんな回り道をしても、「人生にムダなことはない」、「全てに意味がある」と感謝の気持ちをもち続けられるのが真実の宗教ではないでしょうか。

http:

 

次に「先生」と呼ばれるのは誰?

 投稿者:うそつき  投稿日:2012年 7月 2日(月)22時31分36秒
返信・引用 編集済
  戸田先生は「自分が仏であるわけない!」と仰ったそうです。
もちろん、文脈を考えるべきでしょう。
日蓮大聖人は鎌倉からわざわざ佐渡に、自分を訪ねてきた婦人を日妙聖人と呼びかけました。
「聖人」とは仏様のことです。
また、佐渡の地から何度も身延に訪ねた阿仏房を宝塔、すなわち御本尊そのものと呼びました。
他の例でも、日蓮大聖人は信徒を生きた仏のように扱った例があります。

しかし、だからといって、信徒が全く日蓮大聖人と同じということにはならないでしょ。
創価学員も朝晩詠む自我偈の最後に、
「毎時作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就佛身 毎に自ら是の念を作さく 何を以てか衆生をして 無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと」〔つねにみずからこのねんをなさく なにをもってかしゅじょうをして むじょうどうにいり すみやにぶっしんをじょうじゅすることをえせしめんと〕」
とあります。
つまり、仏の誓願とは、衆生を自分と同じ仏にすることにあるということです。

創価学会は元々、創価教育学会といって、教育者を主に構成員としていました。
牧口、戸田両先生も職業として教職についていました。
それで、会員同士で「先生」と呼び合うのは自然なことでした。
ところが、池田先生は戸田会長が亡くなると、
「会長先生は仏様です」とかいいだして、
会長職に特別な宗教的意義を付けたのでした。
そして、池田先生はまんまと会長の地位と同時に「先生」の地位を手に入れたのです。
創価学会においては、池田が一人、「(永遠の)師匠」となり、先生と呼ばれ、他の会員との差別化に成功してしまったのです。

もし、創価学会が「会員はみな、先生となることができる」とでも宣言すれば、世間の目も、私の目も変わるでしょう(苦笑)せめて、会長職にあるものを先生と呼ぶか、教学部師範の地位にある人を「先生」と呼んでもいいでしょう。
池田先生、秋谷先生、原田先生はあってもいいのではないでしょうか。

池田先生の決定的大謗法は、ニセ本尊作成でした。
かつて「池田問題対策室」でとりあげた「池田問題センセー」が行った、「まさか!」の謗法の最悪のものは、板本尊模刻でした。7体のニセ板本尊は大石寺に納められることで一応の決着をみました。
しかし、どういう常識で考えても、一信者が教団の本尊を勝手に作ってしまうというのはキチガイじみてます。
それだけで普通なら破門でしょう。
あの時点で、宗門が池田を破門できなかったという事実は、ある意味、宗門の負けを意味していました。
今になって、宗門が池田や創価学会を破門にしたところで、彼等はほくそ笑むだけでしょう。
「破門!」は宗門の伝家の宝刀でしたが、使い方を間違えれば、あまり効果もありません。
原島教学部長は脱会前、一対一で本尊模刻を6時間にもわたり嗜めたそうですが、結果的に追放されてしまいました。氏の反逆に理がなかったわけではありません。

ところで、「猿の惑星」というチャールズ ヘストンが主演した映画、ご存知でしょうか?
あらすじは書きませんが、
未来の世界では、核戦争が起きて、人類の文明は破壊されてしまっています。
しかし、生き残った人類は核爆弾による放射能の影響で醜く変形してしまっていました。
そして、彼等はカルト宗教をつくっていたのですが、
彼等が『御本尊』として崇拝していたのは、不発弾として残った核ミサイルだったのです。
象徴的です。
つまり、自分たちを破壊した張本人の核ミサイルがいつのまにか、自分たちを作った神として崇拝されていたのです。
それだけ悩乱してしまうと、何でも拝めるどころか、地獄への道さえまっしぐらに進めるということです。
『御本尊』とは、根本として崇敬する存在をいいます。
それがどういう過程で作られたのか、よく調べるべきでしょう。
どう贔屓めでみても、創価学会が作成したニセ本尊は、日蓮正宗からのパクリの上で、変造を加えた「偽物」です。
猿の惑星で未来の人類が拝んでいた『不発核兵器ミサイル』と次元は変わらないのです。
偽札は精巧にできていればできているほど、罪は重いのです。
たまに、オモチャの偽札を作って逮捕されるバカな犯罪者がいますが、
ニセ本尊があまりに明らかなのに、それに疑問を感じないのは、愚かというだけでなく、犯罪とも呼ぶべきです。

http:

 

(無題)

 投稿者:うそつき  投稿日:2012年 6月23日(土)07時16分59秒
返信・引用 編集済
   >ご本尊を拝む事は、自分を拝む事です。
→気持ち悪い(苦笑)
ボディービルダーがナルシストというのはわかりますが、
多くの人たちは『自分のことをあまり好きになれず、自分を変えたい』と思って、宗教に入信します。
もっとも最近は、宗教より学校とか、同好会に入会することが多いようですが。

そういう『自分の弱さ』や『不完全さ』を自覚することは、人間の成長にとって不可欠です。
ある経典によれば、釈尊は、生まれた途端に悟っていたとなっていますが、お伽噺の類いでしょう。

伝承によれば、釈迦は生まれたとたん、七歩歩いて、右手で天を指し、左手で地を指して
『天上天下唯我独尊』といったそうですが、小乗仏教的には重要でしょうが、大乗仏教的には重要ではないでしょ。
釈尊も自分の生まれた王子としての境遇に不幸を感じだからこそ、出家の道を選んだのです。
ガンダーラ美術の中に、釈迦が苦行している姿のものがあります。
骨と皮だけになって、グロテスクな印象さえ与えます。
しかし、私は、そこに、もっと後で作られるふくよかな仏像よりも、より人間らしい釈迦の姿をみます。
悟りすました仏像よりも、真理を求めて苦しむ釈迦の姿に、より神々しさを感じてしまいます。
そこに、『人生は苦』と悟り、苦しみを苦しみのままに受け入れた「人間・釈迦」をみてしまうのです。
『釈尊』とは、元々、『釈迦族出身の尊者』という意味でしたが、仏教が釈尊の死後、発展していく中で、
人間離れした宇宙仏の意味をもつようになりました。
孫悟空に登場するような、『全てを見通す眼をもった』仏の存在もそれなりに重要でしょうが、私にとっては、人間・釈迦の方により大きな魅力を感じます。

一生成仏を『人間が現実と格闘していく中で仏の境界を獲得していくこと』と定義するなら、
一生成仏のためには、『自分を拝む必要がある』はあたらずとはいえ、遠からずです(苦笑)
『自分の内に眠っている仏界を呼び出すために祈る」といえば、より正しいと思います。
日蓮大聖人は仏界を『九識心王真如の都』と呼んでいます。
籠の鳥が周りの鳥の声に目覚めて鳴き出すように、題目を唱えることで仏界を呼び出されるとしています。美しいたとえだと思います。
白雪姫に魔女が登場し、鏡に向かって毎日、『この世で最も美しい女はだれ』と尋ねますが、
御本尊はいつも、『それはあなたです!』と答えるとすれば、わかりやすいかもしれません。

日蓮大聖人はだからこそ善知識、すなわち善因縁が必要なのだとしています。
その善縁の中でも、正しい本尊が最も重要としています。
にせ本尊が悪縁というのは間違いありません。
 

まずは懺悔滅罪を!

 投稿者:うそつき  投稿日:2012年 6月21日(木)16時56分50秒
返信・引用 編集済
  「随筆 新・人間革命(355) - 2003.8.1
伝統の任用試験

邪道というのは、成仏の道にあらずして、堕獄の迷路に陥ることだ。あの愚劣にして反逆者となった元教学部長のごとく、閻魔の呵責に悶え、永遠に嗤われる末路が待つのみだ。」
→原島 教学部長をさしているのでしょうが、
相手が誰であれ、人をバカにして、蔑み笑い者にするべきではないでしょう。
どこに不軽菩薩の実践があるというのでしょうか。
まずは、自身が反省するべきではないでしょうか。
日蓮大聖人は信徒に、「共に地獄にいこう!そこが寂光土となろう!」と仰っています。
池田は原島氏に「君は僕の弟子第一号!」という栄誉を与えたのです。最後まで責任をもつべきだったでしょう。
そんな原島氏も近年、先に亡くなってしまいました。
師匠として弟子を善導できなかったことをどう思ってるのでしょうか。
 

釈尊に還れ!

 投稿者:名無しさん  投稿日:2012年 6月20日(水)11時34分39秒
返信・引用 編集済
  明治の教育者で、多くの人材を育てた内村鑑三は私が最も尊敬する人物の一人です。
内村は無教会主義を唱えたキリスト教徒でした。
私は内村を尊敬できますが、キリスト教徒にまでなるつもりはありません。

正直にいいますと、私は池田を尊敬しています(!)が、創価学会員になるつもりはありません。
池田の言いようだと、別に宗教さえ必要ないように思えます。

池田は共産主義者との交流を自慢していますが、折伏、ーーせいぜい、信仰をすすめたことはありません。
「脱宗教」→世俗主義は世界的流れですから、そうあるべきなのかもしれません。
儒教が宗教ではないとはいいきれませんが、少なくとも、孔子は宗教を開教しようとは思っていなかったでしょう。
それと同様にに釈迦も「仏教」という宗教を始めようとは思っていなかったでしょう。
密教は宗教でしょうが仏教とはいえないと思います。
日蓮大聖人は、天台教学より、何より真言密教から影響を最も受けました。
それでも、やはり、日蓮大聖人が仏教の本流を受け継いだのは確かです。釈尊は宗教というより、「人の道」を説いた聖者でした。
古い経典は釈尊の人としての考え方がよく反映されています。でも、だからといって、阿含宗(阿含経典とはなんの関係のない新興宗教)に入信するつもりもありません。
そこから結論できるのは、釈尊は宗教を否定しませんでしたが、宗教を超えた「道理」を説いたということです。
釈尊は「予言」「病気治癒」「五穀豊穣」を説きませんでしたし、さらに「呪詛」を否定しました。
さらに、「愛」を否定しました。「愛」に執着するかぎり、「憎しみ」からも逃れられないとしたのです。
現代の感覚からすれば、仏教は「滅び」の哲学と定義できるかもしれません。しかし、自殺や破壊をすすめたわけでもありません。正しくものの道理を見極めることこそが、ほんとうの幸福への道とといたのです。それがほんとうの仏教徒にとってのほんとうの幸福なのです。

そういう意味で、本来の仏教に戻るという意味で、世俗的で、非宗教、脱宗教を池田創価学会を目指すのなら、そのように堂々と主張するべきでしょう。
「宗教法人」として法制上の優遇措置はうま味が大きすぎるでしょうが、
「非営利団体」として再出発することは、あってもいいのではないでしょうか。
手続き上の問題にすぎないのでしょうが、日蓮大聖人をも一足飛びに越え、「釈尊に還れ!」という意味で、真の大乗仏教、すなわち脱宗教として仏教団体を目指してもいいのではないでしょうか。
 

月刊ペン事件裁判 差し戻し審判決

 投稿者:名無しさん  投稿日:2012年 6月20日(水)09時56分7秒
返信・引用 編集済
  ●差し戻し審 東京地裁判決
「本件が旧第一審係属中の時期に、被害者である学会側と加害者である被告人側とので話し合いがもたれた結果被告人が詫び状を差し入れ、学会側が告訴と利下げ手続をとることになったほかに、被告側からの池田に対する証人申請をしないように求め、そのこととの関連で被害者側(創価学会側)から加害者側(被告人側)へ2000万円、2600万円、あるいは3000万円とも言われる高額の金員が支払われるという、本件の具体的な訴訟手続とからませた取引がなされた事実が認められる」
さらに
「事件が一旦起訴され継続中の時期に加害者側と被害者側とで示談等の話し合いがされ、詫び状の差し入れ、告訴取り下げ等の手続がされることがあるのは格段珍しくないし、おかしくもない。しかし、加害者側が金員を支払って謝るというのではなく、被害者側が右のように高額の金員を支払うという話し合いは極めて異例・不可解と言うほかはない。(略)学会側が、このように高額の金員を通常とは異なる特殊な調達方法で用意してまで支払うこととした顛末には納得できないものが残るのである」
「学会側はそれと同時に示談工作を企画し、同五二年三月一二日右Bの意を体したA会理事長G、同顧問弁護士Hらが前記Fに金二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円を支払い同人に対する告訴を取り下げたのであるが、被告人は右示談の裏面工作には応ぜず、ただ、前記Gらから被告人が他に執筆公表した記事につきなされた追加告訴の取下げを条件としてわび状を差し入れるにとどめた。A会側は右わび状と引きかえに本件告訴の取下げ手続をとり、かつ被告人を宥恕するとの上申書を交付する旨の約定までした。」
★差し戻し審 東京高裁判決
「学会側は被告人側に対し池田に対する証人申請をしないように求め、そのこととの関連で2000万円、2600万円、あるいは3000万円ともいわれる高額の金員を支払った事実があり、示談に祭し加害者側が金員を支払うのならともかく、逆に被害者側がこのように高額の金員を支払うという話し合いはきわめて異例・不明朗と評すべきものであることは、原判決が『量刑の理由』の項で判示しているとおりである」

これによれば、当時の学会首脳(北條会長)が学会に対して背信行為をしていたのは明らかですね。
決して遅すぎることはありません。
調査の上、学会本部は全額を会員に返すべきでしょう。
もっとも、マゾ的狂信会員にとっては意味はあまりありませんが(苦笑)

参考
ww.yanagiharashigeo.com/report/Journal6.htm
 

(無題)

 投稿者:名無しさん  投稿日:2012年 6月17日(日)11時48分3秒
返信・引用 編集済
  >裏切りは、師弟を忘れるときから始まる。師匠を馬鹿にする
傲慢(ごうまん)から始まる。
→文脈からすれば、この師匠とは、在家の池田ということでしょう。
ところが日蓮大聖人は出家ですよね。
このメッセージに典型的に表現されているように、池田は自分を日蓮大聖人に準えているのは明らかですね。
戸田先生が在家の立場を守り、出家者に敬意を払っていたのは言うまでもありません。
これは、海外のメンバーから質問されたことですが(創価学会のメンバーだったころ)、
「なぜ、池田大作は在家という身分のままで仏弟子をとることができるのか」、
そこをキチット説明しなければ、なにを言っても説得力がありません。
 

ともあれ

 投稿者:動物愛護協会  投稿日:2012年 6月11日(月)06時41分21秒
返信・引用 編集済
  「ともあれ」とは、池田の口癖だ。
話題を変えるためのシグナルのつもりだろうが、能がなさすぎる。どんなスピーチでも、必ず一回は使う。

●第42回本部幹部会・新世紀第3回中国総会での名誉会長のメッセージ


「ともあれ、きょうはありがとう!(大拍手)」

「■忘恩(ぼうおん)を許すな!
 一、恩知らずを畜生(ちくしょう)といい、恩を知るを人という  これ
が、日蓮大聖人の心であり、釈尊の心である。
 恩を知ってこそ人間である。
 恩知らずは、人間の顔をした畜生である。どんなに世間的に偉くなろうと、
その正体は畜生である。
 恩を知るか、恩を知らないか ? この一点が重要である。
 日蓮大聖人は仰(おお)せである。
 「知恩(ちおん)をもて最(さい)とし報恩をもて前(さき)とす世に四恩
(しおん)あり之を知るを人倫(じんりん)となづけ知らざるを畜生とす」(御
書491ページ)
  恩を知ることを最高とし、恩を報ずることを第一とする。世の中には、
四つの恩がある。これを知る者を人倫(人の道に適〔かな〕った人間)と名づ
け、知らない者を畜生というのである
 また、大聖人は教えておられる。
 「夫(そ)れ老狐(ろうこ)は塚をあとにせず白亀(はくき)は毛宝(もう
ほう)が恩をほう(報)ず畜生すらかくのごとしいわうや人倫をや」(同29
3ページ)
   老いた狐は、自分が生まれた古塚(ふるつか)を忘れず、必ず後ろを
向けずに死んでいく。また、中国の武将・毛宝(もうほう)に助けられた白い
亀は、後(のち)に毛宝が戦いに敗れると、彼を背に乗せて、河を渡って助け、
その恩に報(むく)いた。畜生すら、このように恩を知り、恩に報いる。まし
て人間が恩を知り、恩に報いないでよいはずがあろうか ?
 畜生ですら恩に報いるものがいる。まして人間である。まして仏法の世界で
ある。そこで裏切りを働くのは、畜生以下である。

■厳しい因果律(いんがりつ)

 一、これまでも、皆を指導するべき立場にありながら学会への大恩(だいお
ん)を忘れ、裏切った人間が出た。人間として、これ以上の恩知らずはいない。
最高に厳しい仏罰(ぶつばち)を受けることは間違いない。
 牧口先生、戸田先生の時代にも、幹部が退転した。
 釈尊の時代には、提婆達多(だいばだった)が出た。
 大聖人、日興(にっこう)上人の時代には、五老僧が出た。五老僧は、一番
上の弟子である。それが5人も裏切った。
 不思議なことに、卑劣(ひれつ)な退転者は、上のほうに現れる。退転し、
反逆して、最後に無残な仏罰を受ける。それによって、厳しい因果律(いんが
りつ)を明快に皆に見せていくのである。ここに、仏法における一つの方程式
がある。
 ゆえに立場が上になればなるほど、徹(てっ)して自身を律(りっ)してい
くことだ。戒(いまし)めていくことだ。また、周囲も遠慮せず、意見を言っ
ていくことだ。
 一、忘恩  人間として、これほど恐ろしい犯罪はない。ずるく、卑(い
や)しく、醜(みにく)い生き方はない。
 戸田先生のときの退転者も、先生から本当によく面倒をみてもらった人間だ
った。その大恩を忘れて背(そむ)き、敵になっていった。
 こうした裏切り者に対する先生の怒りは、それはそれは、すさまじかった。
 「大恩を受けたあいつが、どんな一生を送るか、どんな末路をたどるか、見
てやれ!」と厳しく言い放(はな)たれていた。

■なぜ、上の人間が裏切ったのか?
 一、なぜ、上の立場の人間が裏切ったのか。
 そこには、自分が偉くなりたい、派閥を作りたい、金もうけしたい  そ
うした卑しい心の働きがあったであろう。
 いずれにしろ、裏切りは、師弟を忘れるときから始まる。師匠を馬鹿にする
傲慢(ごうまん)から始まる。
 だからこそ、大聖人は徹して師弟を教えられた。戸田先生も厳しく師弟を訴
えられた。
 「師弟の道」こそ正義である。一番の「善の道」である。
 師弟不二 ーここにしか仏法はない。それを魂(たましい)に刻んでいく
ことだ。
 一、また、大聖人は「王は民(たみ)を親とし」(御書1554ページ)と
仰せである。
 為政者(いせいしゃ)にとっては民衆こそ主人である。人民がいるからこそ
為政者がいる。ゆえに、政治権力は、人民のために使うものである。自分のた
めに用いるなどというのは、畜生である。これが大聖人のお考えであった。  」
「これまで学会に、さんざん悪口の限りを尽くしてきた退転者たち。そして忘
恩(ぼうおん)の悪坊主(あくぼうず)たち。そういう人間たちの哀れな敗残
の姿は、皆さんがご存じの通りだ。
 大聖人は「終(つい)にほろびざるは候(そうら)はず」(御書1190ペ
ージ)と仰せである。これが仏法の厳しき因果(いんが)なのである。」
 (2004・10・7)
 

創価学会 天下盗りのための戦略

 投稿者:笑いが止まらぬ池田大作  投稿日:2012年 6月 5日(火)15時34分42秒
返信・引用
  秋谷栄之助第5代会長発言

日本の中で公明党の占める位置が誠に重要になってきた。ある意味でいえばキャスティング・ボードを握る立場になり、事実上、自民党が二百数十議席あろうと、最後に参議院の二十議席の公明党ですべての重要法案が決まってしまう。現実に今、そういう事態がおこってくる。しかも、そのバックに創価学会がある。日本の命運を決していくのが創価学会・公明党である。創価学会・公明党によって、がっちり握られているのが今の日本である。(中略)そう見ると、日本を挙げてその焦点は、すべて池田名誉会長のところに集まる時代になってきている。」
(平成3年12月全国県長会議)
 

創価学会重宝偽造館

 投稿者:笑いが止まらぬ池田大作  投稿日:2012年 6月 4日(月)02時51分6秒
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  Gオーウエル「1984年」では、真理省記録局が歴史記録の改ざんを実行していますが、
創価学会に於ける歴史改ざんは、人間革命が主にその役割を担っています。
ついでに書けば、経済問題を司る「豊富省」、思想犯検挙を司る「愛情省」、戦争を司る「平和省」があります。
溝口氏は「創価王国の野望」で、池田の創価独立王国建設の野望を明かにしています。
どこまで本気だったのかはわかりませんが、そこにオーウェルが描いた世界とあまりの共通点があって驚きます。
オーウエルは、1948年のソビエトの独裁者・スターリンをビックブラザーのモデルにしているといわれています。
スターリンはしばしば粛正を行い、自分の政敵を闇から闇へと葬りました。十数万人から七百万人が亡くなったといわれています。(数字に差が大きぎるのは諸説がおおいためです)注目すべきは、政府による歴史の書き換えがしばしば行われたことです。全体主義国家は歴史の評価を後世のリーダーによって、書き換えます。トロツキーの抹殺は最も劇的ものでした。
創価学会の歴史も、池田という永遠の師を称するリーダーによって、書き換えられ、再評価されてきました。
もっと具体的なのは、創価学会の重宝とされる絵画を使っての改ざんです。
創価学会に於ける芸術とは、せいぜい「社会主義リアリズム」の範疇を出るものでしかなく、その芸術的価値を議論したくありません。
ただし、全体主義的、ファッショ芸術という点では注目するべきです。

創価学会のにせ本尊作成、日顕(上人)芸者遊び偽造写真は既に有名ですが、http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/gizou04.htm
この写真を元にした池田と戸田先生の「師弟ツーショット」はまだ許せるとしても、
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/gizou01.html
池田会長就任の歓喜の胴上げに於いては、汚職議員は抹消され、そこにいるはずのない香峰子夫人が描き加えられています。
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/gizou02.html
私がなにより注目したのは、
池田の就任スピーチ写真を基にした偽造絵画です。
http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/gizou03.html
ここではどういうわけか、渡部一郎元衆議院議員が無惨に消されています。
渡部一郎氏は池田の元恋人通子の夫です。
渡部一郎氏は東大出身で、公明新聞編集長、衆議院議員を通算九期務め、公明党国会対策委員長、副委員長という要職にも就いています。もっとも、1986年に矢野委員長誕生に伴って、解任されてしまいます。竹入氏によれば、創価学会が公明党の人事権を握ってるから、池田の意向で解任されたのでしょう。
言論出版妨害事件さえなければ、公明党委員長になっていたかもしれません。本来なら、組織内でもっと出世していてもよかったでしょう。
なにより注目するべきは、渡部氏は戸田先生の下、法華経研究会結成メンバーだったことです。
法華経研究会は学生部の母体となっただけでなく、同研究会から後に学会の屋台骨を支えるような錚々たる人材を出しました。戸田先生からの信頼も篤く、個人教授を受けています。「城克」という名前を戸田先生からもらっています。最近の情報によれば、渡部氏は創価大学に赴いて特別授業の講師などを務めているようです。
議員を引退しましたが、まだ創価学会という組織に於いては、生き残っているようです。
なぜ絵画から消されたのか、それはわかりません。しかし、問題はこの偽造が意図的にされたという事実です。
まさか、本人の申し出によって削除されたとも思えないのです。あたかも心霊写真のごとく、自然に消えたわけではないのです!誰かの指示によって消されたのです。

創価学会員にとって、小説人間革命に登場することは大変な栄誉とされます。むろん、「誰それ」とすぐわかるように名前が変えられます。
もっとも、竜年光氏や藤原行正、郁子夫妻のように、「不名誉」な会員として登場することもあります。
ただ登場するだけなら、まだましなのかも知れません。歴代の公明党委員長などは、「公明党幹部」として登場しますが、まだ「名無し」です。これからの新人間革命で注意しなければならないのは、今までのような露骨な名誉毀損的記述より、存在そのものを抹殺する「名無し」として登場させられることでしょう。それこそ、巧妙な「歴史の歪曲」といえるでしょう。そして反対に、山本伸一の人間離れした活躍が懇切丁寧に描かれていくでしょう。
「名無し」で登場するのは、まだマシなのかもしれません。
存在そのものが消される可能性も高いです。それこそが人間の尊厳を蔑ろにする犯罪行為といえるでしょう。
創価学会が胡散臭いのは、表向けの美辞麗句とは裏腹に、「存在の重み」を何とも思ってないように思えるからです。言い換えれば、伝統の重みを軽くみすぎているのは明らではないでしょうか。
もっとも、伝統のしがらみがクビキとなって、進歩 発展が損なわれるということもあります。
「全ての存在は滅びる」というのは、全体の再生・蘇生にとっては重要です。革命は文明の進歩にとっては不可欠です。しかし、より重要なのは、言い古された言い方ですが、伝統の保持(思い出を大切にすること)と革新(進歩・発展)の融合と止揚ではないでしょうか。創価学会が革命集団どころか、「破壊集団」にしか見えないのは気のせいではありません。

渡部一郎=渡吾郎氏は第8巻「学徒」の章で登場しています。しかし渡部一郎=渡吾郎氏は、「言論出版妨害事件」を描いた新人間革命第14巻には影も形も登場しません。
渡部氏は池田がおこした「言論出版妨害事件」当時、国会対策委員長で、「社会党のうすらばかども!」と暴言を吐き、責任をとって国対委員長を退任したという経緯があります。もっとも、この発言は公式の場でされたものではなく、内輪の学生部の会合で行われた発言を何者かが隠し録りしたものです。
しかし、それが人間革命から抹消され、「重宝」絵画からも抹殺されるべきスキャンダルの原因になったとは思えないのです。

渡部氏がなぜ、「重宝絵画」から抹殺されたのかわかりません。氏は無論、汚職などのスキャンダルとは無縁です。一体全体、そもそも何が重宝なのかも不明です。池田を賛美する、北朝鮮風の「偉大なリーダーの足跡を称える」記念碑的意味があるのでしょうか。その内、池田の巨像が創価学会文化会館の前に建設されるでしょう。
レーニン廟に倣って、池田廟、または、池田陵が建設されるかもしれません。池田平和記念墓苑では、三師塔なるジョークみたいな記念碑が既にあります。
レーニン廟を撤去しようとの動きがあるようです。撤去される前に、是非一度は見物したいと思っています。
いずれにしても、どういう芸術的価値があるというのでしょうか。
それよりも、何者かの指示によって、渡部一郎氏の存在が消されたという事実の方に気味の悪さを感じてしまうのです。

人間革命第8巻学徒における記述から推測しますと、森田康夫=森永安志、青木享=青田進、、篠原誠=藤原明でしょう。彼等に少しでも仲間意識があったのなら、抗議するべきだったでしょう。もっとも、「鉄の団結」を表面上繕う学会組織ですが、事実は異なっているようです。

その何者かが池田とはかぎりませんが、創価学会というところは、リーダーの指示なしでは箸一本動かないのです。
池田の「男のやきもち・コンプレックス」が一人の男の存在を抹殺したと考えると辻褄があいます。
戸田先生の一番弟子だった石田次男氏が創価学会の表舞台から消され、反逆者として60代で憤死した経緯を考えますと、
そこに池田創価学会の薄気味悪いパターンがあるように思えます。さがせば、他にも似たような事例があるに違いありません。
亀井静香氏は国会質問で、池田発言「他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはいけない」を池田流美辞麗句として引用しましたが、池田の実人生では、それと真反対のウソを実践してきたのです。
 

P献金の真実: 池田平和旅は私腹を肥やすのが目的

 投稿者:平気でウソをつく善人  投稿日:2012年 5月21日(月)10時32分35秒
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  ●公明党 国会議員の歳費の天引き』
◯公明党元衆院議員 大橋俊雄氏の「控除額明細書」より

昭和58年3月
一万6千円(八王子市 東京富美術開館祝)
昭和59年2月
餞別5万円(池田先生北米、南米訪問)
昭和59年5月
6万5千円(5月3日会長就任祝)
昭和62年4月
餞別4万5百円
(池田先生北米、中米訪問)
昭和62年6月
餞別4万円
(池田先生ソ連フランス訪問)
昭和62年1月
祝金一万円
(池田先生香港訪問)
 

池田大作の素顔by藤原行正

 投稿者:畜生の末路  投稿日:2012年 5月11日(金)05時13分0秒
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  (池田大作)「いつの日か、関係者の方にお詫びしたい」(本部総会 昭和45年5月3日)
殊勝気にこんな言葉を吐き、会場の学会員達は自分達の指導者の謙虚さに胸を熱くした。
過日、藤原弘達氏と月刊誌「現代」の対談で十九年ぶりにお会い出来て、事件の非礼をお詫びした。
その席で池田の話題となり、私は氏へ一つ質問をした。
「池田は謝るといっていましたが、先生のところへお詫びへ行きましたか」
「来やしないヨ!池田の公式の表明ってのは全部ウソだからな。ヒットラーでもこれだけのウソはいってないよ」
「ぼくは並の宗教専門家などよりも創価学会をよく知る人間だと自負しておるけれども、
そういうぼくがつくづく不思議に思うのはだね、創価学会の幹部連中及び一般会員というのはいったい何を考えとるのかってことなんだな。
だって、あなた、常識的にみて池田大作という男は大嘘つきであり、自由な言論の妨害者であり、
宗教を野心達成の手段に使うペテン師であるわけだ。そういった人間であることを暴露するような事件やスキャンダルを、すでにいくつも起こしている。
にも拘わらず、池田大作は依然独裁者であり続けておると、そこんところがどうも納得いかねえんだなあ。創価学会の連中は一体何やってんのかね」
 

故北條第四代会長の隠された功績 一部コピペ

 投稿者:畜生の末路  投稿日:2012年 5月10日(木)06時43分17秒
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  NHK時代劇で有名になった天璋院篤姫は、将軍家輿入れに伴い島津斉彬からの勧めで、日蓮正宗に入信した。(もっとも、当時は日蓮正宗という名称はない)。その縁から、徳川家と日蓮正宗の縁は深い。
徳川家だけではない。皇族から猊下になった人もいる(十二世日鎮上人)し、今上天皇関係者の皇族で日蓮正宗の信徒になった人もいる。今上天皇も御受戒を受けているかもしれない。
日蓮正宗は、その名称が示しているように、唯一正統を主張する宗旨だ。もっとも、日蓮宗からみれば、信徒数のみならず、教義的にも亜流の印象がある。ところが、事実は、とっくに日蓮正宗は日蓮大聖人が悲願とした国家諌暁 ( かんぎょう ) を成就している。
日蓮正宗は「謗法の供養は受けない」としているが、奉安堂建立(2002年完成)の供養者リストには、徳川家や宮家が含まれている。  (正本堂の供養者リストは定かではない)ある意味、とっくに、日本は日蓮正宗によって広宣流布が達成されていた、ともいえる。

 <以下、引用>
明治以降であっても、実は、昭和天皇の御生母である貞明皇太后やスポーツ殿下として知られた秩父宮と勢津子妃殿下らが熱心な法華経信者であったという事実は、今は忘れられているようだ。しかも、この皇室お三方には、日蓮正宗から特別に〝常住御本尊〟〝御守御本尊〟が授与され、戦時中から戦後にかけて国家と皇室の安泰、繁栄が祈念されたと伝えられる。その真偽を点検・検証したところ、実際に貞明皇太后に授与されていた常住御本尊が、その御逝去後、日蓮正宗の末寺である常在寺に返還され、現在もなお寺宝として保存されていることなどが判明した。信仰の深さなど内面的なことまでの検証は不可能だが、日蓮正宗との関わりは確かにあったと思われる。
 貞明皇太后葬儀の際には鳥居が建てられず「『若しもの事ある時な法華経を唱へよ』との御書きものが発見され、天皇陛下(昭和)のお目にとまり、御孝心厚き陛下の特別のおぼしめしがあったし(昭和二十六年七月二十日、第十号)等々の秘められた〝皇族折伏〟の一端が明らかにされているのである。当時、皇太子殿下であった現天皇陛下にも〝御守御本尊〟が授与されており、今も護持されている可能性があるという。
 昭和二十六年から二十八年にかけての『聖教新聞』が貞明皇太后、秩父宮殿下の追悼記事を掲載するなかで「端なくも一つの不思議な事実が明らかにされた」として「日蓮正宗への皇室御帰依」を何度も報じ立てている。初めのうちは、事実関係がはっきりしなかったせいで曖昧な報道だったが、回を重ねるごとに、確信を込めた具体的な記述が目立つようになった。
<御手垢で汚れた御教本>
 当時の聖教新聞は一ヶ月に三回刊で、編集責任者は創価学会理事の石田次男氏(元参院議員)。戸田城聖氏が第二代会長に就任する直前に第一号が発刊され、創刊五号目(二十六年六月一日付け)に、同年五月十七日、大宮御所で逝去された貞明皇太后の追悼記事が一面トップで大きく報道された。
「謹んで皇太后陛下の御逝去を悼み奉る」「大聖人様皇室に守護をたれ給うか」「御本尊流布のさきがけか!!」 との三本見出し。以後、第十号、九月一日付けの第十四号と新盆会法要、旧盆会法要を伝える記事で、より詳細に皇族の法華経信仰が明らかにされていく。
「貞明皇后が真の南無妙法蓮華経の御信者であらせられたからであって、それは故皇后の御所持の御経本が御手垢で非常に汚れて居られたことでも明らか」(第十号)「貞明皇后は御生前日蓮正宗の御信仰深くあらせられて、御逝去の後、発見されたお書ものの中に、死後の供養は必ず正宗の南無妙法蓮華経にして下さる様にとの意昧の御言葉があった」(第十四号)といった具合だ。きれいごとのタテマエ記事しか載せず、ホンネを隠す現在の聖教新聞と違って、当時の聖教新聞は勇ましいホンネをパンパンと記事にした。
たとえば、皇族の信仰内容を伝える第十号の記事には邪宗攻撃の記述も見られる。「大正天皇の御生母は柳原二位の局と申しあげるが、この方も非常に熱心な法華経の御信者であった。然しその御信仰なされた日蓮宗は、邪宗教である身延の日蓮宗であった。仏法の定則に照して見て、大正天皇御早逝の原因もこの辺にあろうかと推察し奉る所である」 要するに同じ「南無妙法蓮華経」を唱えるのでも、日蓮宗に帰依したのではダメで、日蓮正宗に帰依しなくてはならぬと説いて、容赦がない。
 大正天皇御早逝の原因を、邪宗信仰にあり」ときめつけるのは、相当なものだ。何ごともあるがままのホンネを重視し、他宗派を邪宗呼ばわりして対決姿勢を示した戸田城聖氏らしい切り捨てようである。皇室に広めた二人の女性?? それにしても、貞明皇太后の法華経信仰に何らかの証拠や根拠があるのか、当時の編集責任者である石田次男氏に問い質した。記憶力抜群の石田氏は即答した。
「昭和二十七、八年の七月か八月の聖教新聞に貞明皇太后が護持された御本尊の写真が出ているはずだ。たしか三段ぐらいの大きさで扱った。創価学会が折伏したんではない。秩父宮妃殿下の母上である松平信子さんが橋渡しをした。当事者のそういう談話もきちんと載せてある。ウソ記事ばかりで飾り立てる池田大作と違って、私が編集責任者だった頃の聖教に書いてあることは全部真実ばかりだ。古い新聞を調べれば、すぐにわかる」
調べたら、成る程、珍しい御本尊の写真が三段の扱いで掲載されている。二十八年八月十日発行の第八十八号の聖教新聞である。二年前の曖昧な記事と違って、極めて断定的に具体的に、こう書かれてあった。以下にその全文を再録する。
「先年逝去されたスポーツの宮様・秩父宮殿下と御母君の貞明皇后は熱心な自運正宗信徒であられた。又現在秩父宮勢津子妃殿下が熱心に正宗の御信仰に励まれて居る事は余り世間に知られていない。皇太子殿下が御祖母貞明皇后の御意で御守御本尊を御もちの事も一般に知られていない事実である。
 この皇族御三方の御信仰は秩父宮殿下が最初であられた、これは始め北条時宗公の子孫に当たる北条元子爵家のつね子様(八十三歳)が学友の松平信子様(秩父宮妃殿下御実母、現在皇太子殿下御用掛)にすすめて松平様が入信。この縁から勢津子妃殿下、秩父宮殿下と相ついで御入信。秩父宮様は御発病後の戦時中の御入信以後御本尊を拝まれていた。又こうした縁に依って松平信子様の手を経て貞明皇后が戦時中の御法主上人鈴木日恭猊下御したための常住御本尊を受持信行遊ばされた。この御本尊は右肩に『皇威宣揚之しるし』と御したためあり、左方に昭和十八年八月吉辰とあって、表装は菊の御紋入り水晶軸の立派なものである。皇后逝去後は松平様の手を経て東京池袋の正宗寺院常在寺へ返納され、現在同寺の寺宝となっている。
 又皇后の受持せられた御守御本尊は皇后のおぼし召しから御開眼の上、現在皇太子殿下が御もちになって居られる。一方秩父宮家に於ても宮殿下なきあと妃殿下がこれもやはり日恭上人御したための常住御本尊、御守御本尊を捧持されて熱心に信仰されて現在に到るが、これら御三方の御信仰は皇室の正法帰依の前駆であり、三大秘法広宣流布の一段階として将来天皇家の正宗御信仰もたらす大きな縁となるものであろう」
ここにある「常住御本尊」は、一家に安置して拝むものであり、「御守御本尊」は個人を守るため肌身につけ置くものとされる。
 御本尊授与の橋渡しをした松平信子さんは日蓮正宗の信徒であって、創価学会員ではない。それでも聖教新聞に何度か写真つきの談話を寄せている。「貞明皇后は常に宮中の御儀式をかたく守られたかたわら戦時中特別に御本山大石寺より御感得になりました御本尊に対し日々両陛下御始め御直宮方の御為に御信仰になりました事は、真に親心のおうつくしさを示された事で正宗の信者として此上の心強さはない事と有難く思います」
 聖教新聞が添書した筆者紹介記事には、「松平様は元宮内大臣故松平恒雄氏夫人で秩父宮妃殿下の御母堂。白虎隊で有名な会津藩主の子孫で現在皇太子殿下御用掛をつとめておられる。本年六十七歳」とある。皇族折伏の事実については、聖教新聞だけでなく、日蓮正宗の正本記録『富士年表』や機関誌『蓮華』にも、その片鱗が記される。 戦前の『富士年表』には、毎年の一月一日に時の法主が宮中参賀し、正法護持を祈念したと記されるほかに、昭和十六年の「本宗事項」に「八月 日恭 皇太后に本尊を授与(裏書)」と書かれてある。 また『蓮華』(六十四号、五十一年八月)の「寺院紹介・霊鷲山常在寺」の項目では寺宝になっている貞明皇太后御感得御本尊について触れ、「常在寺の信徒・北条つね子氏の添書」を紹介している。
「此の御本尊は昭和十六年八月当宗大本山大石寺六十二世鈴木日恭上人より皇太后陛下へ御感得になりました常住御本尊であります。折から我国は支那事変につづいて第二次世界大戦の国難の最中でありまして、宗祖日蓮大聖人の立正安国の聖志を信じ奉るあまり常在寺より同信徒松平信子夫人の手を経て御送り申上げました。それより陛下は日夜御本尊の御前にて厚き御信念を以て皇国の御安泰を御祈念になったのであります。昭和二十六年五月十七日陛下崩御に際し当寺へ返納になり、永く寺宝として存続いたすものであります。昭和二十六年七月常在寺信徒北条つね子 謹書」 北条つね子さんは戦前にさまざまな宗教の信仰体験を重ねたあと、日蓮正宗に帰依した人。先祖は小田原城主・北条早雲につながり、父・北条氏恭(うじゆき)氏は侍従、宮中顧問官として明治天皇に仕えた。
二十歳年下の弟・北条しゅんばち雋八(しゅんぱち)氏は戦前の貴族院議員、戦後、創価学会から推されて参院議員を二期務めた。創価学会四代会長・北条浩氏とも姻戚関係=伯母と甥=にある。やんごとなき家系の令嬢育ちながら、信仰的にはラジカル派。聖教新聞(第四十七号。昭和二十七年八月十日)に寄せた談話でも、この時、八十二歳の高齢とは、とても思えないほどに激越である。こんな具合だ。
「日蓮大聖人の御遺文を拝するに、世の人々の不幸の原因は邪教を信ずる結果であるとの厳しい御教と拝察します。私がたまたま宗教の門に入りまして以来顧みますれば種々なる邪教にふみ迷い最後は身延の日蓮宗一致派に入信しました。爾来私は信仰上一抹の疑念を抱きながら御題目を続けて来ました結果、遂に大きな罰を受け身心共に大不幸の境遇に陥りました。然るに嗚呼何たる幸なるかな、其際日蓮正宗の一信徒より熱烈なる折伏をうけ、大聖人御出世の本懐たる三大秘法の南無妙法蓮華経の大御本尊にまみえ奉り我が身の本来の真相をはっきり知ることが出来まして今迄永い間の迷いの根本が天日の下に氷解して以来感激の日々を送ると共に邪宗折伏に専念して居ます。かくて私はかかる広大な仏恩に報い奉るは此の大白法を皇室におすすめする一事にありと思って居りました」 その結果、縁あって貞明皇太后を折伏し、
爾来皇太后様は本宗の余宗に最もすぐれている点を御信じになり、日夜皇室の御為に厚き信仰を御持ちになり昨年崩御の時まで御精進遊ばされたのであります。今や本尊流布の時に当って私は信徒一統と共に異体同心、国の謗法を退治して立正安国の聖意実現の日の近かれと只管折伏教化の使命に邁進して居ります」
と創価学会も顔負けのファイトを燃やし続けた。もっとも高齢には勝てず、二年後の二十九年一月、貞明皇太后のあとを追って黄泉の世界へと旅立った。
<消し去られた過去>
 戸田二代会長時代の創価学会は、自らの折伏成果ではない、日蓮正宗信徒(旧法華溝員)の皇族折伏を〝我らが喜び〟と重視し、「皇室が御本尊様を頂いたということは御本尊流布のさきがけとして仏法上重大な意義を示すものなる事を強調し皇太后陛下追悼の辞にかえる次第であります」(第五号) と論じ立てた。 先に崩御された昭和天皇も法華経に関心を持たれたようで、聖教紙は「貞明皇太后を追善する御回向、読経のために、天皇陛下御自ら松平様へ御経本を御所望なされた由で、直ちに常在寺では所蔵の御経本を十余部差しあげられた」(第十号)と伝える。 御経本を献呈するだけでなく、松平信子さんは天皇陛下や皇族に対し法話も説いた。 聖教紙の第十四号に八月十五日に大宮御所で貞明皇太后を追善供養する旧盆法要が営まれたと報ずる記事を載せ、「御孝心深くあらせられる天皇陛下は、御生母の御意向に従われ、松平信子様が日蓮正宗の仏法の正しさを説く御法話に耳を傾けられ、この日朝からお集まりの天皇、皇后両陛下を始め各宮様方は夜遅くまで御講聴なされたとうけたまわる」と〝折伏座談会〟の模様を誇らし気に書き立てた。
さて、しかし、これだけ熱を入れた皇族折伏にもかかわらず、戸田会長が三十三年に急逝し、池田大作第三代会長時代になった途端、きれいさっぱりと過去を消し去った。本来は語り継がれて当然の、北条つね子、松平信子両女傑の折伏ぶりや貞明皇太后、秩父宮、同妃殿下の正宗信仰について、その後の聖教紙は一字一句も伝えていない。三十年以上も前のことは、創価学会幹部の記憶の隅にも残っておらず、あれほど重大視された「日蓮正宗への皇室御帰依」そのものが、今は話題にされることもない。いかにも〝皇室軽んじる派〟の池田大作氏らしい無視・黙殺ぶりである。 今回の昭和天皇崩御に際し、御生母・貞明皇太后の日蓮正宗帰依を振り返ってよさそうなものなのに、全く触れられることがなかった。池田大作氏が皇族折伏の過去の事実を無視するのは、何事であれ、自分が出発点でなければならないとする〝自分中心主義〟。創価学会が基本であり、同門の信徒でも、法華講員の事績を認めるのは不愉快であるとする偏狭さの現われとみられる。
日蓮正宗の伝統教義からすれば、天皇陛下の正宗帰依を願って当然なのに、全く言及しないところが逆に不自然に感じられる。 天皇や皇室制度に対し、池田大作氏の側に何らかのこだわりがあって、率直になれない事情があるとしか言いようがない。
月刊『諸君』より引用
 

昔の秋谷指導2005年10月14日聖教新聞

 投稿者:畜生の末路  投稿日:2012年 5月 9日(水)12時43分7秒
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  政教一致の実態
「●厳しい結末
○本来、最も人権を守るべき国会議員が、その人権を踏みにじり、卑劣な宗教弾圧に狂奔する。その結末は厳しい。
(略)立て続けに落選。市長選に出たが、これまた落選した。(略)敗訴。(略)さらにまた自分の党から日顕宗の檀徒まで立候補させるなど、日顕一派とも根深く結託していた。日顕本人が応援しろと宗内にはっぱをかけていたほどである。(略)しかし、全員が落選。供託金6000万円も全額没収。(略)宗教弾圧の政治家が、いかに厳しいものか。まさに一目瞭然である、
かつて民社党の委員長だった春日一幸。同じく塚本三郎。この二人も学会への弾圧に狂奔したあげく、春日は党の没落をみながら、わびしく引退し、その直後に死去。塚本は(略)失脚。落選した後、政界から姿を消した。
そのほか、仏意仏勅の学会を弾圧し、悲惨な末路をたどった政治家は枚挙に暇がない。いちいち名前は挙げないが全て厳然と記録にとどめてあることを明言しておく。
●末代まで地獄
○仏法を知らず、いわば外から学会を弾圧した政治家ですら、この末路である。
まして、学会員であり、学会から大恩を受けながら、その学会を破壊しようと謀略を巡らした畜生の末路が、どれほど恐ろしいか。
本人だけではない。「上七代・下七代」と御書にある通り、最も大事にしている家族、子孫にいたるまで地獄である。魔は「奪命魔」という。他の人の生命を奪い、奈落の底へ落としていく。なかんずく最も身近な家族、親類までも地獄に引きずり込んでいくのである」
→私の感想
一部、具体的氏名は人権への配慮から省略した。
秋谷は自分のしゃべっていることがわかっていたのだろうか。政治家の家族さえも呪いの対象にする人権感覚は危なすぎる。
こういうのを人権侵害というのだ。
もし、非難されていることが的外れな上、不当に名誉が毀損されたと感じたのなら、正当な手続きを踏んで、具体的事実に関して反論すればいい。このように、「腹いせ」に、批判者を呪い、その不幸を喜び、「地獄に堕ちろ」と願うべきではない。春日氏ら民社党議員(当時)は池田が使う専用豪華施設の税法上の問題を国会で糾しただけであって、創価学会の組織を批判、まして弾圧したわけではない。逆恨みも甚だしい。
まして、このスピーチ当時、秋谷は会長という形式的には教団の最高責任者だったのだ。こうした人権侵害行為が許されるはずもない。
宗教団体のトップが政治家個人の名前をあげて、公式な場で揶揄していること自体が、深刻な人権危機なのである。
それに、そもそも、「選挙の落選」を仏罰とする感覚は異常だ。選挙で落選するのは、本人が政見を訴えたにもかかわらず、十分多数の人々に支持されなかったというだけで、民主主義のルールに従っただけのこと。人格まで否定されたわけではない。
創価学会員は、こういう感覚で選挙運動をしているのだろうか。落選した公明党候補は罪悪感に苦しむのだろうか。先の選挙で、全員落選した公明党執行部は仏罰を受けたとでもいうのか。「怪談 新耳袋」のネタにもならない(苦笑)
政治家に限らず、人々は創価学会員からの呪いに怯えて、何も言いたいことも言うべきでない、というのか。
何が、「人物本位」「(マニフェスト)公約・政策本位」だというのか。「国民政党」への道など、殆どありえない。
いいかげんにしろ、秋谷!といいたい。
おそらく、秋谷は池田から指示されて、こうした「汚物処理」をやらされたのだろうが、自分で自分を情けないとは思わないのか。戸田先生から、せっかく一字を貰って、「城永」と名乗っていたのに、池田の独裁が進んで、気兼ねさせられたのだろうか。もし、真の戸田先生の弟子の誇りが少しでも残ってるのなら、せめて死ぬ前に、名前を元に戻すべきだろう。そして、竹入氏や矢野氏に倣って、池田創価学会がしてきた悪事の数々を満天下に曝すべきだ。遅すぎるということはない。皆、それを待っているのではないか。
故藤原弘達氏が懸念したのは、創価学会=公明党が、こういう創価学会員の呪いの体質を政治の世界に持ち込こむことだった。
なにによっても決して侵されてはならない「基本的人権」とはなんなのかを、公明党=創価学会員は一から学び直す必要がある。
 

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